25-4

 ともかく今やらなければならないことはホールの仕事だ。

 これまで働いていた雪緒たちと交代し、注文用のメモとメニューを運ぶためのトレーを手に持つ。


「おっしゃー! 気合入れて行くぞ!」


 堂本の勢いある声と共に、俺たちは新規の客を出迎える。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「「きゃー!」」

「え……」


 柿原がそうして客として来た他のクラスの女子を出迎えると、彼女らは先ほどの物よりも大きな黄色い悲鳴を上げた。

 完全に柿原目当てだと分かる程度には、その反応はとても分かりやすい。

 そしてよく見れば、柿原と堂本の時間になった途端廊下にあった待機の列が長くなっている気がする。


「祐介がそっちに案内するなら……じゃあお前らはこっちだな!」

「ちょっとぉ。一応あたしたちも客なんだからちゃんと接客してよぉ」

「あ、そうだった! 悪ぃ悪ぃ。そんじゃお嬢さん方、こちらへどうぞ」

「あ……結構いいかも」


 堂本の方は知り合いが来たらしく、数人の女子を連れて席へと案内し始めた。

 暗黙の了解ではあるものの、一応男子が女子の対応、女子が男子の対応をするというのが皆ルールとして沁みついており、一言二言自分が接客すると伝える程度のやり取りでホールは円滑に回っている。

 ここからしばらく男性客が続き、俺たちと同じ時間割でシフトに入っていた女子たちがその対応をしてくれた。

 俺もその間に既存客のメニューを聞いたり品物を運んだりして忙しく対応しつつ、やがて俺が対応すべき新規客が入口に現れたのを確認して、その対応に向かう。


 ————さて。


 いざ客を出迎えるとなると、真面目にやると少し恥ずかしいあのセリフを言わなければならなくなる。

 いくらお祭り気分で浮かれていたとしても、俺の性格上恥ずかしいものは恥ずかしい。

 しかし、もちろん言わずに済ませるわけにもいかないわけで。

 俺は一つ咳払いをして、入口で待つ女性客たちの下へと歩み寄った。


「————おかえりなさいませ、お嬢様」


 我ながら完璧な発声だった。

 これまでの数年間、猫を被りながら生活した成果のようなものが出た気がする。

 

「あ……えっと」

「……ん?」


 俺がそうして声をかけた客は、三人の女性だった。

 いや————大人びたメイクをしていたから一瞬そう判断してしまったが、よく見ればかなり若くも見える。おそらく他校生か。

 さっき校内の窓から見えたやたら注目を惹いていた美人な一般客は、おそらくこの人たちだろう。


 ただ、それとは別に、俺は個人的に彼女たちをどこかで見たことがある気がする。

 どこかの雑誌のモデルか何かだろうか? 三人とも芸能人以上の美貌を持っているようだし、それでも不思議じゃないけれど。


(それはともかくとして……)


 とりあえずは接客をしなければならない。

 俺は気を取り直し、再び口を開いた。

 

「三名様でよろしいでしょうか?」

「は、はい。それでお願いします……」

「ん……?」


 先頭で俺の問いに言葉を返した一番背の低い女は、自身の口から飛び出した上ずった声を隠すがごとく顔を逸らした。

 何だか怪しいが、害があるようにも見えない。

 俺は一つ頷いて、たった今空いた席へと案内した。


「あちらの席へどうぞ。お水をお持ちいたします」

「ひゃい……」


 先頭の彼女だけでなく、何故か後ろの二人も酷く動揺した様子で教室の中に入って行く。

 害はないと感じたばかりではあるが、ここまでの謎の態度を見せられるとさすがに気を張らざるを得ない。

 申し訳ないと思いつつも、俺は彼女らの会話に聞き耳を立てた。


『ちょっと……そんなに動揺したらバレるって』

『し、仕方ないじゃないの! あいつがあんな……あんな格好で目の前に現れたらびっくりするに決まってるでしょ⁉』

『……それは否定しないけどさ』

『あんたらだって挙動不審なんだから文句言わないで!』


 ————はは、まさかな。


 何故か今の声には聞き覚えがあるけれど、俺の知り合いにこんな連中はいない。

 あいつらは金髪に赤髪に黒髪だし、今目の前にいる全員黒髪の彼女たちとは印象から全然違う。

 あいつらは特徴的な目の色を持っているけれど、ここにいる彼女らは皆黒目。見た目に関しては何から何まで全部違うのだ。

 唯一体型と身長は似ているが、極めて似ているが、マジでどこまでも似ているが、服の上から見ていたところで証拠にはなり得ない。

 

 だけど————だけどなぁ。


「なあ、今日の夕飯何がいい?」

「えびフライ」

「……」

「……」


 一番後ろについて歩いていた女に話しかけると、間を置かずそんな答えが返ってきた。

 俺がジト目で睨みつけると、女は徐々に冷や汗を浮かべていく。

 それは彼女を連れていた前の二人も同じだった。


「……間違えた。とんかつ」

「間違えてるのはそこじゃないわよ!」


 一番小柄な女が、とんかつ言い直した女の頭にチョップを落とす。


 うん、まあそんなこったろうと思っていた。

 印象が全然違ったとしても、俺はこいつらの変装技術には何度も驚かされているわけで。目の印象と髪色が違うだけでまったく別人に見えるようになるなんて、この目が一番知っているのだ。


「ごめんね、凛太郎君。邪魔はしないように努力するからさ」


 ミア・・は俺の耳元に顔を近づけてそう告げた。

 文化祭前夜、玲の言っていた"名案"という言葉が頭に過ぎる。

 十中八九これがその名案の内容なんだろうけど、あまりにも単純すぎて思いつきすらしなかった。 


「……マジで気を付けろよ」

「大丈夫。これでも演技力には自信があるんだ」

 

 そりゃ女優ができるレベルなのだから、自信はあるだろうよ。

 カノンもアイドルとしては器用そうだし、玲は————まあ黙ってれば問題ないだろうし。

 こいつらもちゃんと気を付けているからこそ、美人過ぎて注目は集めてしまっているものの、いまだミルスタだとバレていないのだろう。


「凛太郎、何かトラブルか?」

「え? あ、いや! 大丈夫! 何でもないよ」

「そうか……?」


 心配して寄って来てくれた柿原を自分の仕事に戻るよう促し、改めて玲たちを空いている席に座らせる。


「……注目されてんな」


 俺は顔は動かさないようにしながら、目だけで周囲を確認する。

 やはり男性客は意識せざるを得ないようで、チラチラと彼女たちの顔を確認するように何度も視線を動かしていた。


「そりゃそうよ。どれだけ見た目は誤魔化せても、あたしたちの溢れんばかりの美少女オーラは隠し切れないもの」

「その発言は頭悪そうだな」

「はぁぁぁあ⁉ バカって言う方がバカなんですけどぉ?」

「じゃあお前だけじゃねぇか」


 俺、バカなんて言ってねぇし。


「ともかく————お嬢様方、ご注文はお決まりでしょうか?」


 執事役の俺が、傍から見れば初対面なはずの客に対してフランクな態度を取っているわけにもいかない。

 俺は手作りのメニュー表を眺めていた彼女たちに、とびっきりの営業スマイルと共に問いかけた。


「やめて、凛太郎。その笑顔は私に効く」


 そう告げた玲の目が、何故かハート型に歪んで見えた。

 褒められていると分かって嬉しく思うが、同時にちょっとだけ怖い。


「ねぇ、りん————じゃなかった、執事さん?」

「はい、何でしょう?」

「その顔は、ボクら以外にも向けられているのかな?」


 俺はミアの質問の意図を測りかねて、目線を数巡させた。

 何か試されているのだろうか? それなら正直に答えておこう。


「皆様が私にとっての初めての接客相手となりますので、こうしてお世話させていただいているのも、まだお嬢様方だけでございます」

「……ふーん。それならまあ、いいかな」


 どこがお気に召したのだろうか。

 ミアは満足そうにメニュー表に顔を戻す。

 それとは別に、玲とカノンもどこかニヤニヤしているというか、満足げというか。

 

「とりあえずおススメってある? あたしそれがいいんだけど」

「それでしたら、わらび餅が一番のおススメになります。飲み物でしたら緑茶、紅茶になりますね」

「そうなんだ。じゃああたしはわらび餅と緑茶にするわ」


 カノンがそのメニューを選んだのを筆頭に、玲もミアも便乗するようにして同じメニューを告げていく。

 念のためメモに注文を書き込んだ後、俺は胸に手置いて、彼女らに向かって頭を下げた。


「それではしばらくお待ちくださいませ、お嬢様方」


 定められたセリフを口にして、営業スマイルではない笑みを浮かべながらテーブルを後にする。

 方法はともかく、玲に執事服を見せることができたという事実は、俺にとって喜ばしいことだったから。

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