25-2
「んー、そろそろ時間かな」
雪緒はスマホで時間を確認した後、そう告げた。
何だかんだ二人であれやこれや回った結果、長いと思っていた二時間はあっという間に過ぎてしまっている。
「凛太郎はこの後どうするの?」
「……マジでやることないし、裏方の手伝いでもしようかなって」
「そ、それはあまりにも悲しくないかなぁ」
「さすがに冗談だ。……ひとまず教室には戻るけどな。お前の執事服姿も見ておかないと」
「えー! そう言われると何か照れるんだけど……」
こいつが何故もじもじするのかが分からないが、少しでも照れてくれるのであればからかいに行く価値があるってものである。
そうして俺たちが教室へと引き返そうとした時、目の前から見覚えのある男が歩いてきた。
くどいくらいの濃い金髪にいけ好かない態度のこの男は、無謀にも玲を口説こうとしたあの金城である。
「おいおい、まだ集まんねぇのかよ」
「悪い悪い。あいつら基本昼まで寝てるからよぉ……でもしばらくしたらちゃんと来るって」
「来なかったらただじゃ置かねぇぞ、マジで」
金城は一般客らしきガラの悪い男と共に、俺たちの横を通り過ぎる。
ザ・不良と言った感じのお友達だが、彼が道端の捨て猫に傘を差し伸べるタイプの不良であることを祈りたい。何なら拾って飼うタイプでもいいぞ。
「ん? どうしたの、凛太郎」
「……いや、何でもねぇ」
何となく嫌な予感がして気にしてしまったが、金城が友人を招待すること自体何も不思議ではない。
この状況においては、勝手な先入観で警戒してしまう俺の方が失礼というものだろう。
しかし————こういう時の嫌な予感ほど当たってしまうものはないんだよなぁ。
◇◆◇
「どうしてこうなるのさ!」
教室内にパーテーションで作ったひと区画の休憩室に、雪緒の声が響く。
俺も関係者として側にいるのだが、目の前の光景に対して笑いを堪えきれなかった。
「ごめんって! でも宣伝役の人が一番小さいサイズを着たまま出てっちゃったんだもん!」
「うう……事情は分かるけどさぁ」
今の話で大体察してもらえたと思うが、雪緒の着る予定だった執事服が現在宣伝役のうちの一人に持っていかれてしまったらしい。
戻ってくるよう連絡を入れたが、今のところ繋がらないまま。
おそらく文化祭を楽しみ過ぎて気づかなかった、なんてオチだろう。
と、言うわけで。
雪緒はやむなく残っていた他の衣装————つまるところ女子用のメイド服を身に纏うことになった。
顔を赤くして恥ずかしさのあまり俯く雪緒に対し、それを着るように願った女子たちはどこか楽しげである。
「うー! 凛太郎! 君もそんなに笑わなくていいじゃん!」
「ははっ、ごめんごめん。あまりにも似合い過ぎててさ」
「え?」
周りにクラスメイトがいる手前、普段の猫被りモードで対応すると、雪緒は一瞬きょとんとした顔を浮かべた。
実際のところ。元々男子としてはあまりにも可愛らしすぎると評判だった雪緒が、メイド服という名の可愛さの重装備を身に纏っているわけで。
それが魅力的でないわけがないのだ。
俺もこいつが男だと分かっていなければ、先ほどの赤面した顔を見て心をグラつかせていたかもしれない。
「ほ、ほんとに似合ってる……?」
「うん。それはもう物凄く」
「嘘じゃないよね?」
こいつ、俺が猫被りモードだからって、もしかして俺の言葉自体を疑っているのか?
「嘘なわけあるもんか。皆もそう思うだろ?」
この場にいる女子へと問いかければ、彼女らもコクコクと頷く。
これが証拠だとばかりに雪緒にウィンクを飛ばしてやれば、ようやく信じたようで、今までにないニヤケ面を俺たちに見せた。
「そ、そうなんだ……それなら、いいかな」
いや、よくはないだろ。
「じゃあ凛太郎、行ってくるね!」
「お、おう。頑張れ」
何故こんなにもはしゃいでいるのか分からないが、本人が楽しそうなら————まあ、いいか。
意気揚々と一つ前のホール係と入れ替わった雪緒を見送り、俺は近くの席に腰掛ける。
ここで少しの間時間を潰すつもりだが、回転率を考えて長居するつもりはない。消化しきれなかった時間に関しては一人でその辺をぶらつくつもりだ。
「おかえりなさませー、ご主人様っ」
「……やむを得ない事情があったにしてはノリノリじゃねぇか」
「こうなっちゃったものは仕方ないんだし、楽しまなきゃ損じゃない?」
そう言いながらスカートのフリルを見せびらかすように体を翻す雪緒は、自分の執事服がないと分かった時の表情と比べていささか楽しげだ。
嫌々やらされているよりはよっぽどマシだが、あまりの適応っぷりに少し呆れてしまう。
「ご注文は?」
「じゃあ……透明なわらび餅と、紅茶で」
「かしこまりました」
注文をメモした雪緒がキッチン側にそれを伝えに行く。
その間に俺は、自分の座る端っこの席から周囲を見渡した。
客入りはまあまあと言ったところ。全体の一般客も徐々に徐々に増えているようで、俺が座ってしばらくしたら廊下に列ができ始めているのが分かった。
そもそも客が来ないなんて寂しい話にならなくて、まずは安心する。
「はい、ご主人様。ご注文していただいた品です」
「おい……そのご主人様ってすげぇむず痒いんだが」
「えー? でもそう言うことが決まりなんだから、受け入れてもらわないと困るよ」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべながら、雪緒は俺の前に注文したわらび餅と紅茶を置く。
自分が提案した物とは言え、我ながらこのわらび餅は注目が惹けそうだ。
味も————うん、俺が教えた通りにちゃんと作ってくれている。
『……なあ、あの子可愛くね?』
『めっちゃ分かる。後で声かけてみようかな……』
『おい、待てよ。先に目を付けたのは俺だぜ?』
俺が紅茶を啜っていると、ちょうど隣の席からそんな男たちのやり取りが聞こえてきた。
彼らの目線を辿れば、その先にはメイド姿の雪緒がいる。
見た目が若いことと私服でいるところを見るに、おそらくは他校生。
気の毒なことだが、そうなると雪緒が男であるということも知らないわけで。後になって知ってしまった時のショックが極力小さいことを祈る。
————それからまたしばらく時間が経ち。
わらび餅を完食してしまった俺は、残った紅茶を一気に飲み干して席を立った。
それに気づいた雪緒が、料理を運ぶためのお盆を持ったまま近寄ってくる。
「もう行くの? 凛太郎」
「ああ、いくら自分のクラスだからって居座るのも悪いしな。残りの時間頑張れよ」
「うん。えへへ、ボクもこの後の君の執事姿が楽しみだからね。それを糧に頑張るよ」
「そんなに期待しないでもらえると助かるんだが……」
うーん、まあ一切期待されないってよりはありがたいと思えるけども。
しかしそれはそれでがっかりさせてしまった時が申し訳ないというか、困るというか。
とりあえずその辺りの話は勝手にしてもらって、俺は自分の仕事を淡々とこなすことに努めようとは思っている。
俺が再び教室に戻らなければならなくなるまで、あと一時間以上も残ってしまった。
演劇部辺りの公演を見ることはできそうだが、さて————。
「ん……?」
ふと廊下の窓から外へと視線を投げた時、ちょうどそこを歩いていた男たちが視界に入った。
彼らは雪緒を前にした男子と同じように、たった今横を通り過ぎた
俺の視線も彼らに釣られるようにして、その女子たちに吸い寄せられた。
「……どっかで見たような」
この距離からでも三人がとんでもない美少女であることが分かる。
俺の視界に入った男子たち以外にも、彼女らの顔の造形に気づいた幾人かはその場で振り返っていた。
————まあ、偶然だろう。
俺の知り合いにもちょうど三人組の美少女がいる。
しかし今俺の視界に入っている彼女たちとは髪の色がまったく違うし、顔の印象も少し違う。
俺の知っている彼女らはめちゃくちゃ変装が上手いが、きっとそれも関係ない。
そう、関係ないはずなのだ。
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