5-3
「でもさ、どうせ同じ場所に帰ってくるならご飯も別れて食べる必要なくない? りんたろーが作った物とかそうじゃないとかは別にしてさ」
「……それは確かに」
カノンの言葉に、玲が頷く。
確かに言っていることは間違っていない。
せっかく同じフロアに住んでいるのに、共に帰ってきて別々の家に入り、一人で飯を食べるってのは少々味気ないようにも思える。
これが赤の他人ならばともかく、彼女らはプライベートでも仲のいい三人組なのだから。
「まあ二人分増える程度なら別に辛くもならねぇけどな。ただ俺は玲に飯を作る代わりに金を出してもらっている身だから、無条件であんたらの分も用意したらそいつは不公平になっちまう」
「ま、そうよね……」
作る量が増えたとて、面倒臭くなるのは洗う皿の量が増えることくらいだ。
むしろ作り過ぎを心配しなくて済むのはありがたい。
ただ、玲は俺の仕事に家賃や光熱費、材料費を含めた計十五万ほどの値段をつけてくれている。
同じだけの対価もなしに他人に振舞うことだけは、ちょっと避けたい。
もちろん今日のようにたまに振舞う程度なら何の抵抗もないのだが――――。
「あたしにはりんたろーの意見はごもっともだと思うけど、ミアはどう思う?」
「……うん。ボクもりんたろーくんの意見は正しいと思う。その上で一つ提案があるんだけど、ボクやカノンがりんたろーくんのご飯を食べたい時は、材料を買って持ってくるっていうのはどうかな?」
この提案に関しては割と悪くないと思うのだが――――。
俺は横目で玲に視線を送る。
「うん、それならいい。私は凛太郎のご飯が食べられればそれでいいから」
「じゃありんたろーくんはどうかな?」
俺は特に考えもせずに、一つ頷いた。
「玲がいいって言うなら俺の手間はそんなに変わらないし、問題はねぇよ。好きな食材を買ってくりゃいいさ」
「寛容だね、二人とも。ありがとう。なら定期的にお願いしようかな」
何だかんだ言って、ミアもカノンも毎日押しかけてくるようなことはしないだろう。
職業病かどうかは分からないが、節度や礼儀というものをよく弁えている。
それと、この中でもっとも達観しているのが実は一番見た目的には幼いカノンっていうところがまた面白い。
口ぶりからして
「それにしても、ライブまであと一か月かぁ。結構あっという間だったわね」
「一か月後ってことは……七月の頭か」
「あんまり暑くなってないといいんだけど。汗でメイクが流れるかもしれないのが面倒くさいのよね」
「前のライブは年始だったか?」
「え、よく知ってるわね……初めてあった時はまったく興味なさそうだったのに」
「さすがに間近でレッスン風景を見せてもらったら、嫌でも興味が湧く。本当にいい経験をさせてもらったんだなって、改めて実感したよ」
ミルスタは、一年間で大きなライブを三回ほど開く。
時期は夏、秋、冬がメインで、季節に合わせた新曲などが毎回披露される――――らしい。
会場は毎回超満員。最初のチケット抽選から落ちてしまえば、後は高額で取引されている転売チケットを購入するしかないそうだ。しかし最近ではその対策も進み、悪質な転売が確認され次第二次抽選が行われることもあるらしい。
「凛太郎、次のライブ見に来てくれる?」
「行ってみたい気持ちはあるが、正直チケットの抽選に当たる自信はねぇぞ?」
「大丈夫。関係者用のチケットがある」
「え……いいのかよ、そんなのもらって」
「凛太郎はもう関係者。私がそう言えば何の問題もない」
確かに関係者と言えば関係者だが。
「基本的にボクらが個人的に招待できる枠には限りがあるんだけど、デビューしてまだ二年程度のボクらにはその枠を使い切るだけの芸能界の知り合いもいないからね。毎回少し余らせてしまうんだよ」
「なら親とか、学校の友達を呼べばいいんじゃないか?」
「もちろん親の都合がつけば呼びはするけど、学校の人を呼ぶとボクがその人を贔屓しているみたいになるだろう? そう認識されると角が立つんだよ」
「あー……何となく分かる気がするわ」
学校の友人を全員呼べるほどの枠はないのだろう。
特定の個人を招待して周りからの反感や嫉妬を買うくらいならば、誰も呼ばない方がいいというのは納得の考えだ。
「あたしもミアと状況はほとんど変わらないわ。下心丸出しで近づいてきた若手俳優の知り合いくらいならいるけど、下手に呼んで勘違いされても困るしね」
「……へー」
「な、何よその反応⁉」
「いや、お前にも言い寄ってくる男がいるんだなーって思って」
「失礼じゃない⁉ こんなに可愛いんだから男が近寄ってこない方がおかしいのよ⁉」
そう言ってカノンは俺の前に立つ。
確かに可愛らしさだけで言えば、ミルスタの中でも一番だと思う。
玲もミアも、区分するのであれば可愛いよりも綺麗系だ。
しかしその可愛らしさも、あまりにも顔が必死すぎて全部台無しになっている。
「カノンは黙っていれば可愛い」
「はぁ⁉ どういうことよ、レイ! 喋っても圧倒的に可愛いでしょうが!」
「……うーん」
「"うーん"じゃないわよ! あんたらに認められなかったらあたしは何を信じればいいわけ⁉」
むきー、という効果音がよく似合う女だ。
つくづくいじり甲斐がある。
「……あ、そう言えば四人で見たい映画があった」
突然そう言いだした玲は、自分の鞄から一枚のDVDを取り出した。
どうやらこのご時世にわざわざレンタルしてきたらしい。
「……"呪怨の貞子さん"? 玲、これは何だい?」
「ホラー映画」
「いや、それはボクにも分かるんだけど……」
ミアの言いたいことは分かる。
この何とも言えないB級映画感————本当に上手い言葉が見つからない。
俺とカノンとミアはこの絶妙な空気を感じ取り、お互いに顔を見合わせる。
「前に映像配信サイトで名前を見てずっと気になっていた。ホラーは苦手だから、できればみんなで見たい」
「ま、まあ……仲間内でご飯を摘まみながら見るなら楽しい……かもしれないわね?」
相当言葉を選びながら、カノンは玲に同意する。
確かに友達で集まってアニメや映画を見るのは、一人で見る時とまた違った良さがあるとは思う。
それに玲がわざわざ借りてきたものを、"面白くなさそうだから"と突っぱねるのは気が引けた。
「りんたろーくん、腹は括れそうかい?」
「……何か片手間で摘まめるようの料理を作ってこようか、俺」
「駄目だよ。一人でも離れたら玲が怖がってしまうからね」
笑顔で俺の腕を掴むミア。
こうして逃げ道も塞がれた――――。
俺は諦めて、玲の方へ体を向ける。
「よし、四人で見るか」
「皆、ありがとう。じゃあ――――」
玲は俺の家のテレビの下に設置されたゲーム機に、DVDを入れた。
ゲーム機ながらDVDの再生まで幅広くこなすこいつは、おそらく眠気との戦いになるであろう二時間ほどの映像を、テレビ画面一杯に流し始める。
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