2-4
「ねぇ、凛太郎ってちょっと変わった?」
「はぁ?」
一限目の体育ために着替えていると、突然雪緒がそんな風に問いかけてきた。
向こうとしては俺の困惑した表情こそ意外だったようで、首を傾げている。
「自覚ないのかい? 何だかすごい余裕が出てきたように見えたんだけど」
「……余裕ねぇ」
生活水準が大きく上がったからだろうか。確かに前よりは浮かれて生活しているかもしれない。
「も、もしかして……彼女ができた、とか?」
「そんな訳ねぇだろ。俺に恋人ができる時は、それは俺が一生養ってくれる相手を見つけた時だ。まあ、大学卒業までは相手を探す気もねぇけどな」
「そ……そうだよね! じゃあ僕の勘違いか!」
何で俺に恋人がいないと嬉しそうなんだ、こいつ。
まさか自分はモテる癖に他人の幸せは許せないタイプだったのか?
「つーかそういう話なら、お前の方こそ前に告白されたって女子はどうしたんだよ。結構いい子だって言ってなかったっけ?」
「うーん……でも付き合うとかそういうのはまた別というか。どうしても異性として好きになってあげられないっていうか……友達なら全然問題ないし、むしろ歓迎なんだけどね」
どちらかと言えば可愛らしい顔つきのイケメンである雪緒は、中学の頃から比較的モテる方だった。
顔もよく性格もいいとくれば、そうなるのも必然と言えるだろう。
しかしその分弊害もあったようで、振った女子からストーカーじみた被害を受けたことがあった。その時は連日俺が一緒に帰ったりして対策し、最終的に高校入学に乗じて家族ごと引っ越すことで事なきを得ている。
元々父親が一軒家の購入を考えていたらしく、都合は悪くなかったらしい。
「別に好意を向けられたら好意を返さないといけない義務もないんだし、お前が気に病む必要もねぇよ。自分から誰かを好きになるまでゆっくり待てばいいんだ」
「うん……そうだね。そうするよ!」
何故か突然明るい声色になった雪緒は、吹っ切れたような目で俺を見ている。
どうやら悩みは解決したようだ。いやぁ、親友を助けられると気持ちがいいなぁ。
着替えを終えた俺たちは、そのまま体育館へと移動する。
ぶっちゃけ高校の体育など半分くらいは遊びのようなもので、指定された競技から外れなければ割と自由な時間となる。特に今日のようなバレーボールの日は、コート数の都合上常に半分程度の生徒は壁際で休む羽目になっていた。
「おいおい見てみろよ、乙咲さんの方」
「うおっ、相変わらずすげぇな」
雪緒と並び順番待ちをしている間、近くの男子たちがコート内で躍動する玲を見て鼻の下を伸ばしていた。
元々運動神経がいいためか、玲はバレー部と同等の活躍を見せている。スパイクなんて男子でも受け止められるかどうか分からない速度だ。
しかしそんな風に動き回れば、当然のように男子の視線を集めてしまう。
特に彼女は————言葉を濁せば高校生らしくない体つきをしている。
今朝俺が動揺を誘われた"とある部位"の存在もあり、男子の鼻の下が伸びることに関しては咎めることはできない。
まあ、小声とはいえそれを口に出してしまっている時点で奴らを若干軽蔑してしまうが。
「凛太郎、どうしたの? 周りきょろきょろ見渡して」
「いや、自分より低俗な奴がいるって思うと落ち着くなぁって」
「本当に清々しいよね、君」
何故か雪緒が哀れみの目で俺を見ている。
おかしいな、俺はただ本音を言っただけなのに。
――あれ? じゃあ俺も他の男子と大して変わらなくないか?
「……」
ま、いいか。嫌なことに気づく前に考えることを止めておこう。
時間は進み、昼休み。
俺は雪緒と顔を突き合わせ、弁当を広げていた。
ちなみに弁当の中身の話だが、玲とは半分くらい違う物で構成されている。
彼女の方はほとんど手作りで固めたが、俺の方はその半分ほどを冷凍食品で補っていた。
もちろん、お互いの弁当の具材で変に勘ぐられないためである。
「凛太郎を尊敬しているところはいくつかあるけど、そのうちの一つは間違いなく毎日お弁当を作ってくるところだね。僕にはとてもできないよ」
「慣れるまではだいぶきつかったけどな。ただこれも将来のためだから」
「働きたくないが故にストイックになっているのが本当に君らしいというか……」
飯を口に運ぶ。うん、冷えても美味い。
俺の弁当の中で手作りなのは、大部分を占めている肉じゃがだ。
昨日のうちに煮て一晩味をしみ込ませてあるからか、人参とじゃがいもによく火が通って甘味が増している。肉と玉ねぎは言わずもがな。
「わぁ! 乙咲さんのお弁当すごい綺麗!」
玲を囲んでいた女子から、突然そんな声が上がる。
普段から周りに人の絶えない彼女だが、今日は特別多い。
理由はどうやら俺の作った弁当にあるようだが――。
「お母さんが作ってるの?」
「え……あ、いや、違う」
「え⁉ じゃ、じゃあもしかして……自分で⁉」
「う――うん、そう」
「えー! すごい! 毎日忙しいんじゃないの⁉」
「忙しいけど……栄養は大事だから」
玲の回答によって、囲んでいた連中から感心の声が上がる。
本人がどことなく申し訳なさそうなのは、きっと自作と言ってしまったからだろう。
俺としてはむしろグッジョブと褒めてやりたい。
「へぇ、アイドルってだけでもすごいのに、自炊までしてるんだね。すごいなぁ」
「そうだな。到底同い年とは思えないわ」
「ん? 凛太郎、何か笑ってない?」
「ああ、自分で作った肉じゃがが美味すぎてついな」
「そんなに? 少しもらってもいいかい?」
「いいぞ。ほら、飯の上に載せてやる」
間接的にとは言え、自分が作った物が褒められるのは気分がいい。
上機嫌でおかずを雪緒に渡し、俺はちょっとした満足感に浸るのであった。
◇◆◇
「ごめん、凛太郎」
「え? 急にどうした?」
アイドルのレッスンを終えて俺の家に帰って来た玲は、部屋に入って早々頭を下げてきた。
「お昼、凛太郎が作ってくれた弁当を私の手柄にした……だから、ごめん」
「あー、それか」
思い返してみれば、弁当は自分で作っているとクラスメイトに言ってしまった彼女は酷く申し訳なさそうな顔をしていた。
俺のことを重んじてくれているのはありがたいが、少し気にしすぎにも思える。
「別にいいって。むしろ自分が作ったことにしてくれたおかげで自然さが出た。リスクを下げることはいいことだからな」
「……そう言ってもらえると、少し楽になるけど」
「とにかく! 俺のことは絶対に外部に話さないこと。それさえ守ってくれるなら何でもいいからな」
「分かった……そうする」
玲はいい奴だ。暴走することもあるが、根は真っ直ぐで思いやりもあり、信念もある。
我儘を言い出した時は頭がおかしい奴とも思ったが、今はもうそんな印象もどこかへ消えた。
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