第426話 下見は大事、板東は英二(ジョイ〇ン風に)

 翌日、トントンと肩を叩かれて目を覚ました唯斗ゆいとは、こまるの提案で出掛けることになった。

 行き先は駅前とごく平凡ではあるものの、クリスマスムードに染まった街を歩き、クリスマスデートの予行演習がしたいとのこと。

 彼も眠い以外に断る理由が見当たらないので、冷水をパシャパシャと顔に当てて意識をはっきりさせてから、外行き用の服に着替えて準備を整えた。


「あら、唯斗。どこか行くの?」

「こまると一緒に駅前まで」

「デートね」

「こまるはそう言ってたけど」

「じゃあ、お小遣いをあげるから、美味しいものでも食べて来なさい」


 そう言って気前よく樋口一葉を一枚渡してきたハハーンは、トコトコと階段を降りてきた彼女を見て怪しく笑う。

 きっとあんなことやこんなことを考えているのだろうが、今はそこへ首を突っ込むのも面倒なので見なかったことにして玄関へ直行。

 先に靴を履いて待ってくれていたこまると並んで、寝ぼけ眼を擦りながら見送りに来てくれた天音あまねにも「行ってきます」を伝えて出発した。


「じゃあ、まずはどこに行こうか」

「駅前、裏通り」

「何かあったっけ?」


 唯斗の最寄り駅前では、クリスマスが近付くと毎年広場に出店などがやってきてお祭りのような雰囲気が漂う。

 今日はまだ22日ということもあって、足を止めるのは子供連れの親子が多いが、イヴになれば八割がカップルや夫婦になる。

 待ち時間なく楽しむなら今が最適ではあるものの、こまるとしてはやはり当日の楽しみとして取っておきたいらしかった。

 今日はそのために、どんな店がどこにあるのかの偵察と、当日に必要なものを買いに来たのだ。


「裏通り、ホテル街」

「……何を企んでるのかな」

「イヴ、聖夜。男女、燃える」

「そういう話はよく聞くけど、僕たちはそういう関係じゃないでしょ?」

「私は、準備、出来てる」

「順序が強引すぎるって」

「……お母さん、了承、してくれた」

「マコさん緩すぎない?」


 いくらマコさんが聖夜の過ちを容認する姿勢でいてくれたとしても、唯斗はそこまで踏み込む勇気を持てなかった。

 こんな状態で事に及ぶのはやはり不真面目だと思う……というのは若干建前で、覚悟が足りないことが一番の理由である。

 そして何より、ひろしさんが絶対に許してくれ無さそうだ。あの人、強面な割に娘のことを溺愛しているから。


「悪いけど、ホテル街だけは無しだね」

「……ポイントカード、借りてきたのに」

「ホテルにそんなシステムあるの? ていうか、1泊宿泊で1個って書いてるのに20個溜まってる……」

「有効期限、無いから。こまる、産まれる前、たくさん、貯めたって――――――――――」

「ごめん、それ以上聞きたくないんだけど」

「そうして、私が、産まれた」

「……なんというか、もう二人の顔見れなそうだよ」


 今子いまこ夫婦がラブラブなことは知っていたが、まさかピンクのホテルのポイントカードを貯め、1泊無料を手に入れるほどだとは。

 こまるの口ぶりからして、彼女が産まれてからは家を留守にするわけにもいかないからか、ポイントは貯めていないようだけれど。

 友達の親がホテル街にいるシーンを想像してしまうことは、ものすごく罪悪感を覚える行為なのだと思い知ったね。


「はい、この話は終わり。別の場所に行こう」

「じゃあ、あっち」


 意外とあっさり引いてくれたこまる。もしかすると当日に駄々をこねる作戦かもしれないが、今は開放された安心感に浸るとしよう。

 彼女が指差した方向にあるのは、JKたちが放課後に立ち寄りがちなお店が並ぶ場所。

 もちろん、そういうお店も飾り付けなんかをしてクリスマスを待ち侘びているらしく、大半の店前にはクリスマスにちなんだ商品の広告が張り出されていた。


「あれ、飲みたい」

「クリスマスフラペチーノ?」

「いえす。期間限定、今だけ」

「こまるもそういうのに惹かれるんだ?」

「もちろん」


 正直、映えると言われる類のこういう飲み物は好まないが、こまるが飲みたいというのなら仕方がない。

 唯斗は手を引かれてそれほど混んでいない店内へと入ると、一直線にレジへ向かう彼女の様子に、そっとカバンから財布を取り出すのだった。


「……」ジー

「あ、僕が注文するんだね」

「お願い」

「じゃあ、クリスマスフラペチーノを2つで」


 いつもならこんな飲み物に数百円もするのかと思うが、今日はハハーンが軍資金をくれたからだろうか。

 ……いや、「ありがと」と言ってくれたこまるが楽しそうだからだろう。先程までより寂しくなったはずのふところが、少しだけ温かく感じられた。

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