第418話 お風呂から上がる前に数える数字は大き過ぎると後悔する

「ふぅ、バス〇マン入りのお風呂は最高だね」

「それな」


 肩までお湯に浸かると、自然と肺の中の空気が吐息となって漏れる。

 温泉に入る時もそうだが、どうして人はお風呂に入る時についつい声を出してしまうのだろうか。

 きっと日本人の6割は同じことを考えたことがあるはず……なんてことを思っていると、相変わらずへそ出し状態のこまるが肩を寄せてきた。


「熱くない?」

「平気」

「なら良かった」


 夕奈ゆうなの時と違って、こまるとならこのお風呂でも少し余裕がある。それだけで何だか幸せなことに感じられてしまう。

 そんな不思議な感覚に首を傾げた唯斗は、持ち込んだハンドタオルで彼女の耳を拭いてあげた。

 くすぐったそうに首をすくめてしまうので、空いている方の手をそっと頬に添えて動かないようにする。


「こういうところはちゃんと洗わないと、垢が溜まりやすいんだから」

「いつも、やってる」

「あ、そうなの?」

「人に、させるの、くすぐったい」

「それなら自分でやる?」

「……唯斗、やって」


 チラッと向けられたおねだりの視線に、彼は「わかった」と頷いて反対の耳を拭き始める。

 今度は遠い側だからと手を伸ばそうとすると、気を遣ってくれたのかこまるはこちらに近付いて来てくれた。

 おかげで手を伸ばさなくても拭けるようにはなったが、それにしてもやけに距離が近い。

 いや、既に膝の上に乗って唯斗の腹と彼女の背中が密着しているのだから、近いなんて表現では足りないほどだろう。


「こまる、いくらなんでもお風呂でこれはまずいよ」

「なにが?」

「……わかってるよね」

「もちろん。でも、ここが、いい」


 こまるの主張によれば、普通に座っていると正座しなければ湯面より上に口が出ないとのこと。

 けれど、正座でお風呂に入るというのも疲れるため、膝の上に座らせてもらえればちょうどいい高さになるんだとか。

 彼はそれを聞いて納得しかけたものの、湯船の中には高くなっている部分があることを思い出して、やっぱりくっつきたいだけなんだなと頷いた。

 そうは言っても悪い気はしないので、危険な部分の接触には気を付けつつ、自分の上に乗ることを許可してあげる。


「こうなると、逆に広くなっちゃうね」

「近い方が、温かい」

「それもそっか」


 高さが変わったことでお湯から出てしまった肩にお湯をかけてあげると、心地良さそうに体の力を抜いて背中を預けてくれる。

 唯斗は使い終わったハンドタオルを頭の上に乗せた後、手持ち無沙汰になった手をどうしようかと浮かせていた。

 それに気がついたこまるはその手を握ると、自分のお腹に回して抱きしめさせるように促す。

 確かに手の在り所としてはフィットするし、先程よりも温かみが増した気もするので良しとしよう。


「何だかうとうとしちゃうよ」

「寝たら、溺れる」

「じゃあ、そろそろ上がる?」

「1000、数えたら」

「溺れる前にのぼせるね」

「50にする」

「それなら」


 そういうわけで、2人で50まで数えることになったのだが、やはりどうしても1000まで上がりたくないらしい。

 49の次は50ではなく、49.1とまさかの0.1刻みで進み始めた。それくらいならまだ可愛らしいと思ったが、さすがに49.9の次に49.91が来た時には止めたけれど。


「そろそろ50を出して貰えないかな」

「50分の1」

「さっきより小さくなってるよね?」

「……あと10秒」

「仕方ないなぁ。10秒だよ」


 唯斗が渋々そう言いつつ、その目に見つめられる度に10秒追加を許してしまい、最終的に300秒も数えることになったことは言うまでもない。

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