第410話 器用さは時に不器用さを際立たせる
息子としては見栄を張って……と思わざるを得ないが、申し訳なさそうにペコペコしながらも、食べ始めると幸せそうに頬を緩める彼女を見ると、まあいいかという気分になる。
「
「ちょっと待って……今、いいところだから!」
「さっきから気になってたんだけど、誰と勝負してるの?」
ついさっきまで対戦していた
その手に握られているのはコントローラーではなくフォークで、それは目の前の花音も同じだ。
コンピューター相手に苦戦しているのかとも思ったが、よく聞いてみればボタンを押すカチャカチャと言う音が2種類聞こえるではないか。
「……まさかね」
この場に居ない人といえば、ハハーン以外に存在しない。どこぞの囲碁プレイヤーみたいに、変な幽霊が乗り移ったりしていない限りは。
現実ではおそらくありえないことなので除外するとして、どこかに隠れてハハーンがプレイしているのだとしたら―――――――――――。
そう思いながら隠れられそうなキッチンを覗きに行った彼は、「おかしい、居ない」と首を傾げながら振り返った瞬間に目を疑った。
「何言ってるの、対戦相手はカノちゃんだよ?」
画面にKOと表示されて仰向けに倒れた夕奈の言葉通り、確かにコントローラーを握っているのは花音である。
しかし、先程も述べた通り手に握っているのはフォーク。ならばコントローラーなんて握れないじゃないか。
唯斗自身も先程まではそう思い込んでいた。が、世の中には人間離れした器用さを持つ人がいることを忘れてはいけない。
「お、お行儀が悪いことはわかっているんです! でも、夕奈ちゃんがどうしてもと……」
そう言いながら顔を赤くする花音の足元を覗き込んでみれば、足の裏と小指だけでコントローラーを支えていた。
スティックは親指、ボタンは中指と人差し指で押しているらしいが、お行儀云々の前に可能不可能の話をすべきだろう。
「というか、足で操作してもらっても夕奈は負けるんだね」
「だって、カノちゃん強いんだもん。唯斗君だってボコボコに決まってるし」
「別に僕は戦うつもりもないからね」
「逃げるな、卑怯者ー♪」
「……天音、夕奈の分も食べちゃっていいよ」
「いやいやいや、私が食べるから!」
そう言って大慌てでケーキを取り返しに来る夕奈だったが、弟子から物欲しそうな目で見つめられると、「は、半分こね」と言いつつ3分の2をあげていたところは褒められるね。
変に馴れ合っていると思われたくもないので、わざわざ口に出して言ってあげたりはしないけれど。
そんなことを思いつつ、食べ終わったお皿を花音のと重ねた唯斗は、相変わらず足で握られているコントローラーを見て首を傾げた。
「それ、普通のと違う気がするんだけど」
「えへへ、分かりますか? 足で使うように特注で作ってもらったんです」
「それはすごいね」
「私の足の大きさや可動域に合うようにしてもらったので、手で使うのには向いてないんですけど」
彼女によると、近々大乱争マッシュルームブラザーズ、通称マシュブラの大会が開かれるらしい。
ただ、普通の大会ではなく、足で操作するという条件が設けられた特殊ルールなため、現在猛特訓中なんだとか。
話だけを聞いていれば『すごい』だとかの感想しか出てこない唯斗も、コントローラー職人に足を見せて「ここはこんな感じで!」と言っている様子を想像するとクスリと笑ってしまう。
「唯斗さんも対戦してみますか?」
「僕は足では操作できないよ」
「手で大丈夫なので!」
「それなら、暇だしお願いしようかな」
「ぜひぜひ!」
活き活きとした目でそう言われた数分後、かなり手加減してくれたであろう花音にボコボコにされ、夕奈の気持ちが少しだけ理解出来たことは言うまでもない。
「もう一回やろう、少し慣れてきた気がする」
「ふふ、何度でもかかってきてください♪」
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