第408話 人肌恋しい季節の布団はダイソン並みの吸引力を持つ

「おはよ、唯斗ゆいと君♪」

「……おはよ」

「テンション低いね、いい天気なのに」

「眩しいからカーテン閉めてよ」


 そう言って目を閉じる唯斗に、夕奈ゆうなはニヤニヤしながら窓まで全開にする。

 12月の朝の風はもはや凍えるレベル。布団の中へ避難する彼もひっぺがされてしまえば、水に濡れた子猫のように震えることしか出来なかった。


「本当に勘弁して。ただでさえ寝不足なのに」

「それは唯斗君が夕奈ちゃんに匂いを嗅がれて、興奮して寝られなかっただけじゃん?」

「興奮なんてしてないよ。ただ、寝ることに集中出来なかっただけだから」

「そんなこと言っちゃってー♪ 正直になったら、お姉さんがなんでも言うこと聞いてあげるよ?」

「ものすごく興奮した。はい、言うこと聞いてあと1時間寝させて」

「……プライドって無いの?」


 あまりの睡眠への貪欲さに若干引かれている気がしなくもないが、眠気の前にそんなことは気にしない。

 快適に眠るためなら、法で罰せられること以外ならなんだってやる。それが唯斗の信条なのだ。

 そんな彼は奪い返した布団から目元だけを出しながら、お邪魔怪人夕奈ゴンを睨むと、「早く窓締めて」と喉を鳴らして威嚇する。

 ただ、その怒りの気持ちは届いていないようで、「猫みたい」なんて言って首を撫でられた。完全に舐められているらしい。


「……って、手冷たいね」

「あはは、さすがに私も窓全開は寒かったかも」

「僕をからかうためだけに無理するなんて、やっぱり夕奈は変わった趣味してるよ」

「それで唯斗君がこっちを見てくれるなら、少しの寒さくらい我慢しますよーだ」


 余裕だと言わんばかりにべーっと舌を出して見せる夕奈だったが、さすがに風が吹き込んでくるとぶるぶるっと震えて体を擦り始めた。

 自分はぬくぬくと布団にくるまって、彼女は薄い部屋着で風に当たる。自爆と言えばそれまでではあるが、客観的に見ればすごく可哀想な状況だ。

 それに、夕奈が何を望んでいるかは彼にも何となくわかった。きっと、唯斗が折れて優しい言葉をかけるのを待っているのである。


「分かってて無視するほど腐ってないからね」


 彼はやれやれと呆れながらも、ベッドの上で起き上がり、布団を開いて小さく手招きをして見せた。

 すると、彼女は待ってましたと言わんばかりに飛び込んでくると、あえて唯斗の腕を後ろから抱きしめられる形になるように回す。

 そして布団の隙間をきっちりと無くすと、顔だけをこちらへ振り向かせて嬉しそうに微笑んだ。


「ほら、もっとくっついて?」

「もう十分だよ」

「温かくなりたくないの?」

「それはなりたいけど……」

「仕方ないから夕奈ちゃんから動いてあげる」


 そんなやり取りを挟む内に、気が付けば夕奈はあぐらをかいた唯斗の足の上に座っていて、ちょうど彼女の左肩に彼の顎が乗っている。

 それでも昨晩は向き合った状態で同じような体勢だったのだから、まだマシな方だと思える自分が少し怖くなるくらいだった。


「……」

「ん? どしたの、手なんか握って」

「冷たかったから、どうせ他にやることもないし」


 唯斗は布団を押さえてくれている夕奈の手を優しく擦ると、「温かくなってる?」と聞いてみる。

 彼女は何やらくすぐったそうに首をすくめつつ、小さく首を縦に振ってくれるが、すぐに照れたような表情でこんなことを呟いた。


「唯斗君とくっついてると、心もポカポカするね」


 そんな真っ直ぐな言葉に、彼はほんの少しだけ心後揺れるのを感じたものの、素直になれずについ口を閉じてしまう。

 けれど、それをわかっているかのように「すごく温かいね」と、遠回しな言葉に置き換えてくれたおかげで、唯斗もようやく頷けたのであった。


「ふふ、正直でよろしい♪」

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