第365話 妹は妹であって妹以外の何物でもない
トランプをして遊んだり、お菓子を半分こして食べたり、はたまたただただ頭を撫で続けたり。
兄からの愛情に飢えていた彼女にとって、それはすごく楽しい時間だったらしい。その笑顔を見る度、自分が本当の兄ではないことが少し悔やまれた。
「にぃに、もっとギュッでしてください!」
「随分と積極的になったね、鈴乃」
「えへへ♪」
唯斗には小学生を恋愛対象として見るような趣味は持ち合わせていないので、
小さな体では一周出来ない腕が必死にしがみついてくる様子は、
そんな温かい時間はあっという間に流れ、夕方よりも少し早いくらいの時間に玄関の扉が開く音が聞こえてくる。
天音とハハーンが帰ってきたのだ。同時に、小学生の女の子は家に帰らなければならない時間の訪れでもあった。
「ただいま! あっ、鈴乃ちゃん!」
「んん。天音ちゃん、おかえりなさいです……」
唯斗と一緒にソファーでうたた寝をしていた彼女は寝ぼけ眼を擦りながら、帰ってきた友人のところまでトコトコと歩いて行ってハグをする。
どうやらまだ甘え癖が抜けきっていないらしい。天音の方が満更でもない顔をしているので、兄としては微笑ましい限りだけれど。
「その様子だとお兄ちゃん、かなり甘えられたみたいだね」
「天音が甘えてくれない分、全部ぶつけられた感じかな。幸せな時間だったよ」
「むっ……天音の甘えは安くないんだもんっ!」
「じゃあ、いくら払えばいいの?」
「なでなで30分!」
「それはお高い取引だね」
そう言いながら早速頭を撫で始めると、天音は表情を緩ませて「もっと」とおねだりしてきた。
何だかんだ鈴乃が自分とくっついていたのを羨ましく思っていたのだろう。唯斗が心の中でそう呟いていると、空いている方の手を鈴乃が握る。
「私もして欲しいです」
「ええ、今は天音の番なのに」
「まだ一日は終わってません。一日貸してもらう約束ですからね♪」
「うっ、そう言えばそうだった……」
「えへへ、にぃに大好きですっ!」
「あ、天音の方が好きだもん!」
両側から女子小学生にハグをされるという滅多にない状況に、彼は『これが天国か』と感慨深いものを感じた。
しかし、ドアの隙間から覗いているハハーンの視線に気が付くと、ついつい緩みそうになっていた口角を引き締め直す。
「我が息子がロリコンだったとは……」
「お母様、断じてそのようなことはございません」
「私は理解のある母親よ。息子がどれだけ若い子と付き合おうが、温かい目で見守るわ」
「だから違うんだってば」
「ただし、鈴乃ちゃんに手を出すなら、その子の年齢が16を超えてからにしなさいよ」
「いや、もうそこまで話進んでるの?」
「そんなにメロメロにしておいて、ポイ捨てはさすがに男として最低よ」
「は、はぁ……?」
確かに今日一日でかなり懐いてくれてはいるが、唯斗の目から見た鈴乃の『好き』はあくまで兄に向ける言葉だ。
本来は実の兄に伝えることを自分に向けているだけで、そこに恋愛的な意味は微塵も含まれていない。
だから、言わば妹同然となった彼女に手を出すなんて言われるのは心外なのだが……。
「まあ、お兄ちゃんならお兄ちゃんらしく家まで送ってあげなさい。鈴乃ちゃんの家、ここから遠くないから」
そんな言葉を聞いてから見下ろした鈴乃の、寝落ちてしまいそうなウトウトした表情を見れば、何だかどうでも良くなって「わかった」とだけ答えた。
「鈴乃、帰るよ」
「んん、にぃに……」
「ほら、おんぶしてあげるから」
「えへへ、久しぶりのおんぶ……♪」
羨ましそうに見てくる天音には後でしてあげるからと伝え、思ったより軽い体を背負いながら玄関へと向かう。
「唯斗は
「だから、鈴乃は妹だってば」
「大きくなったその子にお兄ちゃんと呼ばれても、まだ同じことが言えるかしらね」
「母さんは夢見すぎだよ」
あまりに非現実的なことを言う母親に呆れつつ、寝息を立て始めた鈴乃を起こしてしまわないようにゆっくりと玄関を出る。
「鈴乃はいつか、本当のお兄ちゃんに甘えられるようにならないといけないんだから」
そう呟いた唯斗は10年後、大学生になった鈴乃からまだ『兄さん』と呼ばれているなんてことを知る由もない。
……なんてナレーションをつけたらそれっぽく聞こえるかも、なんて考えたことは彼だけの秘密だ。
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