第341話 甘いものは機嫌を治す魔法の薬

「ずっとつけられてるね」

「途中からお友達も加わったみたいだよ?」

鈴乃すずのちゃんかな。会ったことは無いけど、仲良くしてくれてるって話はよく聞いてる」


 夕奈ゆうなとそんな話をしつつ、唯斗ゆいとは彼女が買ったカチューシャの入った袋を持って店を出る。

 せっかくのデートならかっこいいところを見せてと頼まれたのだ。もちろん、彼にとってはデートではなく単なるお出かけのつもりなのだけど。


「ワトソン君とか言ってたし、探偵ごっこでもして遊んでるのかな」

「ふふ、可愛らしいね」

「夕奈も前に同じようなことしてたけど」

「え、夕奈ちゃんも可愛いって?」

「そんなこと、一言も言ってない」

「仕方ないか、だって美少女探偵だもん」

「いつから職に就いたの、無職のくせに」

「無職言うなし。JKは立派なお仕事ですぅー!」


 意味のわからないことを言う夕奈に「その相手をさせられてる僕の方が給料貰いたいよ」と呟くと、彼女は「美少女とのデート、これ以上の報酬があるかい?」と無い胸を張った。

 美少女なことは唯斗からしても認めざるを得ないが、自分で言っているせいで価値が下がっていることを自覚していただきたい。


「ところで、いつまでついて来させちゃうの?」

「楽しんでるみたいだから、このまま帰るまででもいいかなって」

「唯斗君とイチャイチャ出来ないじゃん!」

「する気になってるところがおかしい」

「男女二人でお出かけだよ?! 普通はキャッキャウフフのイチャイチャチュッチュくらいするやん?」

「普通ならね」

「誰が普通とは無縁のイカレガールや!」

「そこまで言ってないけど」


 不満げに眉をひそめる彼女に面倒くさそうな顔をした唯斗は、こっそりと10mほど後ろを歩く天音たちを確認してから夕奈の腕を掴んだ。

 それから柱の影に連れ込むと、いかにもそれっぽい形をイメージしながら壁ドンとやらをしてみる。


「そこまで言うなら、見えないところでしてみる?」

「いや、その、心の準備が……」

「なんてね。雰囲気だけで満足してよ」

「だ、騙したな……」

「したいって言うから演出してあげただけだよ。この先は追加料金発生ね」

「いくらや!」

「……冗談だから財布取り出さないでくれる?」


 どれだけイチャイチャに飢えているのかと少し悲しくなったところで、いつの間にか見えなくなった2人を探して天音たちがキョロキョロしているのが見えた。

 迷子になったかのようなその表情に耐えきれなくなった唯斗は、あくまで少し寄り道していただけということを装って姿を見せてあげる。

 兄を見つけた時の妹の表情には2択あると思うが、その瞬間に見えた天音の笑顔はきっと何年も忘れられないほど印象に残るだろう。

 逆に『うわ、お兄ちゃんなんかが視界に入った』なんて言われたとしても、きっと忘れられなくなるとは思うけど。


「唯斗君唯斗君、ちょっと靴見に行ってもいい?」

「キャッキャウフフはもういいんだ?」

「な、何のことでしょう……」

「イチャイチャチュッチュしたいって――――――」

「わーっわーっ! そんなことよりあの店に置いてあるハイヒール可愛いなー!」

「ハイヒールなんて売ってないでしょ」

「いやいや、どう見てもあそこに……」

「お客さんが試着中に置いてるだけだと思うけど」

「…………」


 唯斗の言葉の直後、イスから立ち上がった女性がハイヒールを履いてレジへと向かう。それもそのはず、あの店はスポーツシューズ専門店なのだから。

 その様子に言葉を失ってしまった夕奈はと言うと、勘違いに煽られた羞恥心が反発を起こしたのか、赤くなった頬を隠すように顔を背けながら不貞腐れてしまった。


「夕奈、機嫌直してよ」

「私なんてどうせハイヒールは履けませんよーだ」

「履こうと思えば履けるでしょ」

「きっとハイヒールの神様に嫌われてるんだー!」

「理由はないけどすごく意地悪そうな神様だね」

「こんな憂鬱な日には、何か甘くて美味しいものでも食べたいなぁ?」


 何やらチラチラとこちらを見てくる彼女に首を傾げた唯斗は、自分の真後ろに見えるお店を振り返ってその思惑を理解する。

 初めこそ本当に恥ずかしがっていたのだろうが、いくらなんでも過剰すぎる。その違和感に説明をつけるには、あまりにぴったりなものだったから。


「はいはい、プリン奢ってあげるから」

「いいのかい?!」

「それが狙いなんでしょ。いいから早く行くよ」

「えへへ、唯斗君の太っ腹♪」

「あ、でも一番安いのにしてね」

「むっ、ケチめ!」

「値段確認してみなよ」

「……あっ」


 その後、最低価格が630円であることを知った夕奈が、そっと自分の財布を取りだしたことは言うまでもない。

 さすがにクラスメイトにこの金額を支払わせるのは気が引けたらしい。彼女がまともな金銭感覚の持ち主でよかったと心から思う唯斗であった。

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