第316話 緊急事態下で大切なこと

 下村しもむら先生にの子守唄を聞きつつ、頭なでなでをされながら眠りに落ちた夜が明け、修学旅行3日目がやってきた。

 顔を洗って服を着替えた唯斗ゆいとは、だらしなくパジャマの胸元を開けたまま歯磨きをしている先生を横目に、二度寝してしまった彩芽あやめに歩み寄る。


「もう朝だよ」

「んん……あと5分……」

「彩芽さんはここでご飯を食べるから寝ててもいいけど、僕と先生は出るからね。知らない人が来ても鍵開けちゃダメだよ」

「だからぁ……あと5分だってばぁ……」

「……うん、聞こえてないね」


 きっと遅くまでスマホを見ていたのが原因なのだろう。耳にイヤホンが入ったままなところから、夜更かししている姿が目に浮かぶ。

 仕方なく諦めて、先生に「起こすの無理です」と伝えると、「彩芽は朝に弱いですからね」と苦笑いされた。そんなことより早く胸元を閉めて欲しい。


「あ、小田原おだわら君、胸見てましたね?」

「それはもちろんです」

「あっさり認めちゃうんですね」

「もう少し誤魔化した方が良かったですか?」

「ええ。先生が君を壁に押し付けて、正直に言うまでいじめてあげようと思ってましたから」

「素直に言えて命拾いしました」

「まあ、先生は魅力的過ぎますからね。思わず言わせてしまうのも無理はありません」

「魅力的というか、単に緩い格好をしててエロいだけですけど」

「ふふ、もうひとつボタン外しましょうか?」

「遠慮しておきます。先生の理性のボタンも一緒に外れそうなので」


 そんな会話をしつつ、せっせと朝食を食べに行く準備を整えていく2人。

 そんな中、あとは先生がズボンを履くだけというところで、突然ドアが激しくノックされた。


「……こんな時間に誰ですか?」


 先生は急いで彩芽さんが見えないようにクッションなどを移動させた後、ぴょんぴょんと飛び跳ねてズボンを履きながらドアの前まで移動する。

 それから、しっかりチャックを閉めたことを目視で確認し、ようやく鍵を開けておそるおそる外にいる人物を確認した。


「先生、大変です!」

佐々木ささきさん? ここは女子立ち入り禁止のはずですよ」

「そんなこと言ってられないんですよ! 他の部屋にも先生が居なくて、見つけた先生も忙しいから他を当たれって言われて……」

「それで唯一のんびりしていた私のところに来たんですね。なるほど、女子禁制の規則は大目に見ましょう」


 先生はそう言って落ち着きのない夕奈の手を取ると、真っ直ぐに目を見つめながら「何があったんですか?」と質問をする。

 彼女はそれを待っていたようで、半分先生を部屋から引っ張り出しながら自分たちの部屋があるであろう方向を指差した。


「マルちゃんが熱を出したんですよ! さっき測ったら39度近くあって……」

「それは大変ですね。他を当たれと言った先生には、その事を伝えたんですか?」

「伝える前に歩いていっちゃって……」

「緊急事態の時は強引にでも話を聞かせてください。解決できる人に状況を伝えるということが、今のあなたに出来る一番の救命行為なんですから」

「……ご、ごめんなさい」


 正論で怒られてしゅんとしてしまう夕奈。その様子を見ていた唯斗には分かる。

 普段はしつこいくらいウザ絡みしてくる彼女も、自分の予想していない事態が怒った時、それが他の誰かに関することなら尚更パニックになるのだ。

 それでも体だけは真っ先に動いてしまうというのだから、余程こまるのことを心配しているのだろう。


「佐々木さん、私を部屋まで案内してもらえますか? 小田原君は朝食を食べてきてください」

「いえ、僕も行きます」

「女子部屋に連れていくわけには……」

「夕奈の例外が許されるなら、僕も許せますよね。こまるのことが心配なんです」

「……分かりました。その代わり、急いで氷を取ってきて下さい。私の手伝いをしていれば、追い出されることも無いでしょうから」

「了解しました」


 唯斗はしっかり頷いて見せると、本館に向かって走り出した。こまるを苦しめているのが、ただの熱であって欲しいと願いながら。

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