第312話 風呂はのんびりと一人で入るのが一番落ち着く

 夕奈ゆうなたちがお風呂に入ろうとしているちょうどその頃、唯斗ゆいともまたお風呂に入ろうとしていた。

 しかし、彼は他のクラスメイトたちと違って、部屋風呂でちゃっちゃと済ませてしまおうと考えている。


「あら、小田原おだわら君。大浴場へは向かわないのですか?」

「僕、苦手なんですよ。他人とお風呂に入ってるって感じがして」

「なるほど。では、先生と一緒に入りましょう♪」

「話聞いてました?」

「一緒の部屋で寝たならもう家族です! ですから、私たちは他人ではありませんよ」

「家族の形が考え直されるセンシティブな時代にこんなこと言いたくありませんけど、先生はどう考えても先生であって他人です」

「小田原君は連れないですねぇ」


 やれやれと言いたげに首を振った先生は、唐突に「でも、佐々木ささきさんと同じグループの誰かとは入りましたよね?」と聞いてきた。

 誰かから話が漏れたということも考えられなくはないが、わざわざ先生に言うのは不自然過ぎる。

 おそらくカマをかけられているだけなのだろう。そう考えた彼は「有り得ませんね」と首を横に振る。


「そうですか? 反応からして異性との入浴にある程度耐性があるような気がしたんですけどね」

「妹ですよ、妹。まだ小学生ですけど」

「生徒の家族構成は知るようにしていますが、会ったことはないんですよね。天音あまねさん、でしたっけ?」

「先生に教えた記憶が無いんですけど」

「お母さんから聞きましたよ。4月に面談がありましたから」

「なるほど、それなら安心しました」

「調べられたと思いました? 安心してください、情報漏洩はしませんから」

「調べてる人の口ぶりじゃないですか」

「ふふ、冗談です」


 クスクスと楽しそうに笑う先生に背を向け、唯斗はさっさとお風呂に入って寝てしまおうと歩き出す。

 しかし、追いかけてきた彼女は彼の腕を掴むと、「まだ話は終わっていませんよ?」と首を傾げた。


「後で聞きますから」

「いえ、今聞いてください」

「どうしてそんなに執着するんですか」

「執着というか、小田原君はまだお風呂に入れませんから。時間潰しになればなと」

「部屋風呂なんですから、いつでも入れるんじゃないんですか?」

「まあ、気になるなら覗いてみてもいいですけど。先生は責任を負いませんからね」


 そう言って掴んでいた手を離す先生。その言葉と行動だけで、どうしてまだ入れないのかを理解した唯斗は、大人しくベッドの上に戻ることにする。

 その直後、脱衣所の扉の向こうからガラッという浴室のドアをスライドする音が聞こえてきた。ちょうど彩芽あやめが出てきたのだ。


「入ってるなら教えてくださいよ」

「あわよくば彩芽に彼氏が出来たらなと」

「覗きなんて僕が嫌われて終わりです」

「あの子、意外と小田原君に懐いてますよ。元々男の子を嫌うタイプの子ですから」

「確かに最初は目の敵にされてましたね」

「髪を触らせてもらえるなんて、私の知る限りでは一番心を許してもらえていますし。きっかけさえあればワンチャンあるのでは?」

「あったとしても狙いませんよ。出会って2日で口説けるメンタル持ってないので」

「彩芽が小田原君と結婚すれば、私は望み通り小田原君とお風呂に入れますし。妹の幸せついでに一石二鳥ですね」

「どれだけ入りたいんですか。というか、家族になったとしても嫁の姉と入浴って問題ありまくりですよ」

「安心してください、スク水着て入りますから」

「余計に危なくなった気がします」

「えっちなビデオの見過ぎじゃないですか?」


 その言葉で思い出したらしい先生が、「気になってたんですよ、最近の男の子がどんなものを観て……」と言いかけたところで彼はスマホ片手にトイレへと逃げ込む。

 この中に唯斗の趣味嗜好が詰まっているのだから、万が一パスワードを解かれて覗かれでもしたら大変だ。


『先生にも見せてくださいよ。今時の学生を知るのも、教師の仕事ですから……ね?』


 先生は甘ったるい声で扉越しにお願いしてくるが、ここで騙されて鍵を開けてしまうのは、体に肉を巻き付けて虎の檻に入るようなもの。

 彼はその虎が諦めて去ってくれるまで、心を無にして耐え続けたんだそうな。


「唯斗さん、トイレ長すぎ! 漏れちゃうわよ!」


 下腹部を押えながら入れ替わりで駆け込んで行った彩芽を見て、どこかホッとしたことは言うまでもない。

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