第280話 女湯って理想と同じなのか気になるけど、結局男は見れないから夢のまま終わるよね

 修学旅行で食事の後にすることと言えば、何か催し物か大浴場で入浴かの二択だろう。後者はどの道することになるのだが。


「ふぅ、気持ちのいい湯だな」

「疲れが取れるね〜♪」

「それな」


 そしてここは大浴場。男子たちが一度は覗いてみたいと思う女の花園、女湯だ。

 今はちょうど夕奈ゆうなのクラスが入浴する時間であり、瑞希みずき風花ふうか、こまるは仲良く並んで湯に浸かっている。


「……夕奈、いい加減諦めろって」

「諦めるって何をさ!」

「ずっと壁睨んでても透視は無理ってことだ」

「べ、別にしようとしてないしー!」

「なら、どうして男湯の方の壁ばっかり見つめてるんだよ」

「自分の部屋もこういう壁にしようかなって……」

「おいおい、嘘をつくならもう少し上手くやれ」


 瑞希が「タイル貼りなんてトイレと間違われるぞ」と言うが、夕奈はそれでも誤魔化すためならと「いいし……」と小さな声で呟いた。

 実のところ、先程部屋にあったテレビで透視能力を持った主人公が出てくるアニメを観たのである。彼女はそれに影響されてしまったというわけだ。


「わかったよ、透視は諦めてやんよ」

「やっぱりできると思ってたんだな」

「夕奈ちゃんはロマンチストだかんね!」

「見すぎたロマンは身を滅ぼすぞ、現実見ろ」

「ふっ、瑞希は夢が無いねぇ」

「夢ならあるぞ。実家の服屋をでかくするって夢が」

「……応援するね」

「おう、お前らは一生お得意さんだ」


 あまりに純粋な笑顔を向けられたことで、さすがの夕奈も自分の心の穢れを自覚してしまい、大人しく瑞希の横に腰を下ろす。


「でもさ、超能力っていいよね」

「使えたら便利だろうな」

「透視出来たら前の人の答案見放題だし」

「普通に勉強しろ」

「瑞希のパンツの色当てゲームで負けないし」

「そんなのに誰が興味あるんだよ」

「瑞希の入浴シーンを壁を隔てて覗けるし」

「……お前はよこしまの擬人化か」

「誰がすれ違いコントの問題起こしてない方や!」

「それはコ〇マだよ」


 ツッコミと同時に瑞希から軽く水をかけられ、ヘラヘラと笑いながら髪をかき分けた夕奈は「風花はどう思う?」と聞いてみた。


「私は瞬間移動かな〜♪」

「どして?」

「学校始まるギリギリまで家でゆっくりしたいし〜」

「のんびりした理由だな」

「あと、瑞希の入浴中に瞬間移動で忍び込める〜」

「お前もそれか?!」

「ふふ、冗談だよ〜♪」


 ユルユルな笑顔を見せる風花の視線がこまるに向けられると、彼女は自分の番であることを悟ってぼーっと考え始める。

 それから頭の中で色々と想像を膨らませると、「チャーム」と答えながらウンウンと小さく頷いた。


「チャームというと、惚れさせるやつのことか?」

「いえす」

「好きなやつにその能力を使うのは、あんまりいいとは思えないけどな」

「ちがう。周り、惚れる。唯斗、ヤキモチ」

「なるほど。そう上手く行くかは怪しいが」

「無理なら、本人に、使うまで」

「……はは、恋ってのは恐ろしいぜ」


 瑞希は困ったように苦笑いしつつ、まだ自分が言っていなかったことを思い出して「私は何が欲しいんだろうな」と顎に手を当てる。


「そうだな……自分の徳を願いに変えるとかか」

「どゆこと?」

「いいことをたくさんすれば、願いがひとつ叶うんだ。何でもできるより、努力した方がその願いを大切に使えるだろ?」

「能力まで堅実……」

「子供の時は空を飛びたいって言ってたけどな」

「……早まったらダメだかんね?」

「いや、別にそういう意味じゃねぇよ」


 瑞希は「子供の頃の夢だって言ったろ」と呆れつつ、それでも心配してくる夕奈の頭をポンポンとしながら「お前らのおかげで幸せだ」と口にした。

 それからふと周りを見回すと、未だにお湯の熱さに慣れられずに足先で葛藤している花音かのんを見つけてクスッと笑みを零す。


「花音、いい加減私たちも逆上のぼせるぞ?」

「だ、だって熱くて……」

「1回我慢して肩まで浸かってみろ。そうすれば、案外入れるようになる」

「わかりました、我慢します!」


 その後、思い切った花音がまさかのお湯へダイブをし、全身真っ赤になってタイルの上に打ち上げられたことは言うまでもない。

 結局、彼女はお湯を満喫することなく、みんなによって涼しい場所へと運び出されていくのであった。


「まったく、勇気の使い方を間違えすぎだ」

「うぅ、ごめんなさい……」

「……私も悪かった。アドバイスは具体的にしないとな、明日からは一緒に慣れてやるから」

「お、お手間取らせます!」

「そんなにかしこまるなよ」

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