第267話 外見に惹かれるのが小学生、生き様に惹かれるのが高校生

 ジンベエザメを堪能した一行は、理解してくれるかは分からないものの、「またね」と手を振ってその場を立ち去る。

 それから通路の先にあるサメ博士の部屋というエリアで、サメやエイの標本と水槽の中で泳ぐ生きたサメたちを見た。


「サメさんたち、喧嘩しないんですか?」

花音かのん、サメってのは意外と大人しい生き物なんだぞ。ここにいるサメは無闇に人を襲わない奴らばっかりだ」

「そ、そうなんですか?!」

「ライオンだってそうだ。生きるために他の動物を襲うし、縄張りを守るために人間を攻撃する。ヒトほど残虐な動物はそう居ないってわけだ」

「なるほど、勉強になります!」


 花音はどこからか取り出したメモ帳に、瑞希みずきに教えてもらったことを書き込んでいる。

 夕奈ゆうなも同じくらい勉強熱心になってくれればいいのにと見てみるが、彼女は男子小学生並みにサメのかっこよさにうっとりしていた。


「ちなみに、サメは500種類もいるんだよ。そのうちの何種類が人喰いザメか知ってる?」

「……へ? 私に聞いてる感じ?」

「別に他の人が答えてもいいけど」

「考えるの苦手だから風花ふうかに譲る」

「正解者にはお土産屋さんに売ってる手のひらサイズのぬいぐるみを1つプレゼント」

「はいはーい! 夕奈ちゃん答えちゃうもんねー!」


 物で釣るというのは卑怯な行為ではあるが、夕奈のようなタイプに頭を使わせるには効果的だ。

 瑞希が残虐な動物はそう居ないとヒントを出してくれているし、誤差くらいなら正解扱いにしてあげてもいいかもね。


「わかった、200種類!」

「あのさ、話聞いてた?」

「だって上手に人食べるじゃん、サメだけに」

「……風邪引いたかも、寒気がする」

「ちょっとは面白かったでしょうが!」

「夕奈、私も寒かったぞ」

「ごめんね、私も〜」

「同じく」

「み、みんなまで?!」


 渾身のギャグが大滑りして落ち込む夕奈。

 どう考えれば今ので笑ってもらえると思ったのかは謎だが、何はともあれ優しい花音は何とか励まそうと奮闘してくれる。


「お、面白かったですよ!」

「すごいスベってたもん……」

「そんなことはないです!」


 彼女はどうすれば元気を出してくれるかと悩んだ末、何か思いついたようにハッと顔を上げると。


「スベったなんて夕奈言うな、ですよ!」


 やたら胸を張りながら自分もギャグを言って見せた。もちろん、寒いネタの重ね掛けによってその場は凍りついたのだが。


「……ぷっ。カノちゃん、ありがとね」

「いえいえ! 笑って貰えて嬉しいです♪」

「おかげで元気になっちゃった」

「えへへ、良かったです!」


 寒いギャグで自分を救ってくれたと勘違いしている夕奈と、面白いネタを言えたと満足している花音の間で、しばらくすれ違いが起きたことは言うまでもない。


「夕奈ちゃんよりかは面白くないですけどね」

「そりゃそうでしょ。さっきのはスベってたし」

「え、笑ってくれましたよね?」

「それは面白くてじゃなくて……」

「じゃなくて?」

「…………あっ」


 まあ、先に勘づいた夕奈が大慌てで、「いや、面白いなんかじゃ表せないなー!」と誤魔化してくれたから、その場は円満に納まったけれど。


「2人とも、話はそこまでだ。こまるの空腹が限界らしい、この先のレストランで昼食にしよう」

「そう言えば、先延ばしにしてたんだっけ」

「夕奈ちゃん、もう食べた気分だったよ」

「え、その歳でボケ始めてるの?」

「んなわけあるかい! ピッチピチのJKぞ?」

「あ、そもそも夕奈はボケだったか」

「単純な悪口やめて?!」


 不満そうに頬を膨らませる彼女に、唯斗が「ていうか、ピチピチってのはああいうことを言うんだよ」と離れたところにいる小さめのサイズの服を着たムキムキな外国人を指差すと。


「いや、そっちの意味のピチピチちゃうわ!」


 そう言いながら5回くらい肩を叩かれた。3回目以降は「誰の胸元がピチピチじゃないやねん!」と少し怒りの矛先が変わってたけど。


「じゃあ、ムチムチ?」

「夕奈ちゃんはスリムですよーだ!」

「でも、最近ちょっとだけ太ったよね」

「そ、それは唯斗君がもう少し太い方がいいって言うから……」

「せっかく怠けずに努力してたのに勿体ないね」

「誰のせいやおら」


 この時、夕奈は夜食で太ったぶんの2キロを落として、絶対に唯斗の前でドヤ顔をしてやると誓ったのであった。


「……てか、太ったのわかってくれたんだ」

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