第266話 人間、大きなものに心を動かされがち

「いやぁ、魚の凄さには感動したね!」

「ずっと寝てたくせに」

「一体なんのことやら」

「とぼけても無駄、見てたんだから」

夕奈ゆうなちゃんの寝顔に惚れたってか!」

「寝てたって認めちゃったね」

「ふっ、睡眠学習だぜ」


 映像を見終えた後、よく分からないことを言いながら胸を張る夕奈に「学習とは無縁のくせに」と呟きつつ、唯斗ゆいとは早足でシアタールームを出る瑞希みずきたちに追いついた。


「そろそろ昼時だな」

「この先にレストランがあるみたいだね〜♪」

「じゃあ、そこで昼食にするか」

「それな」

「もうお腹ぺこぺこです!」


 唯斗と夕奈もその意見に賛成し、満場一致でレストランに入ることに決まったのだが、通路を歩いていった先でみんな自然と足を止めてしまう。

 何故なら、進行方向に向かって右側に大きな水槽があることに気が付いたから。


「あの部屋の隣にこんなでかい水槽があったのか」

「壁に囲まれてると分からなかったね〜」

「わかる」

「大きなお魚さんです! マンタさんです!」


 ガイドを確認してみたところ、この水槽は世界最大級の大きさを誇るすごいものらしい。

 確かにその情報がなくても、魚の多さと水深には驚かされてしまうし、何より目を引く大きな魚がその素晴らしさを主張していた。


「唯斗君、ジンベエザメだよ!」

「見ればわかる」

「大きいね! すごいね!」

「子供みたいなはしゃぎ方しないでよ」

「唯斗君は驚かないの?」

「こう見えてすごい驚いてるから」

「ふーん、一緒じゃん♪」


 楽しそうに笑いながら、「あっちの方が良く見えるらしいぞ」という言葉に頷いて、「ほら、行こ!」と手を引いてくれる夕奈。

 そんな彼女の様子を幼いなと思いながらも、素直に楽しい気持ちを全身で表せる才能には、自分には難しいなと感心してしまう。


「ちょうどさっき居た生徒たちが譲ってくれた。このベンチに座って少し眺めるか」

「お腹すいたのも吹き飛んじゃうです!」

「ふふ、のんびりするのもいいね〜♪」

「それな」


 瑞希が「2人も早く来い」と手招きしてくれた場所は、巨大水槽を正面から座って眺められるスポット。

 通路を挟んだ場所であるため、ガラスから至近距離で眺めることは出来ないが、魚の群れや羽ばたくマンタの様子はここからでも十二分に良さが伝わってきた。


「ねね、ジンベエザメってずっと口開けてるのかな」

「餌を食べない時は閉じてるんじゃない?」

「あの顔、ぽかんとしてるみたいで可愛いよね♪」

「寝てる時の夕奈みたい」

「……もう、褒めたって何も出ないゾ♪」

「いや、間抜け顔だなって」

「今すぐ全国のジンベエザメに謝れ!」

「あ、夕奈には謝らなくていいんだ」

「どうせ謝んないくせに」

「よく分かってるね」


 考えてみれば確かに夕奈と一緒にされるのは可哀想なので、とりあえず目の前にいるジンベエザメには心の中で謝っておいた。

 しかし、それにしてと彼らがユラユラとのんびり泳いでいる様には、眺めているだけで眠気を誘う力があるらしい。


「夕奈、眠くなってきたかも……」

「おやすみのちゅーして欲しいって?」

風花ふうか、出発する時に――――――――」

「冗談だから『こいつダメだ』みたいな目で見ないで?!」

「おだっち、膝枕してあげようか〜?」

「ちょ、風花も調子に乗らないの!」

「お願いしちゃおうかな」

「ちゃっかり受け入れるなー!」


 夕奈がわーわーとうるさいので、仕方なく絶品膝枕は断念して背もたれで我慢することに。

 そんな寝づらそうな様子を見兼ねたのか、彼女はちょんちょんと脇腹をつついてくると、自分の肩をポンポンとしながらニッと笑った。


「肩、もたれていいよ」

「後で請求書届いたりする?」

「完全に善意で聞いてるんだけど」

「それなら借りてあげないことも無い」

「随分と偉そうだね?」

「風花、やっぱり膝を……」

「借りてください唯斗様!」

「……うむ、そこまで言うなら仕方ないね」


 硬いイスよりかはいくらかマシだろうと、顔を傾けてそっと夕奈の肩に頭を乗せてみる。

 シアタールームでこれをされた時には鬱陶しかったが、いざ自分がやってみると案外悪くないかもしれないと思えた。


「ほら、よしよし」

「頭は撫でなくていいんだけど」

「夕奈ちゃんが撫でたいのだよ」

「好きにして」

「好きに、ね」

「どうかした?」

「ううん、なんでもない!」

「……?」

「ほら、もっと体預けていいから」

「お言葉に甘えるね」

「んふふ、どんと来たまえ♪」


 結局、周囲の話し声や足音のせいで寝落ちるまでは行けなかったものの、唯斗は不覚にも夕奈に疲れを癒される結果となるのであった。

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