第232話 意味の無い口付けはしない
あくまでお題をクリアするためだと
キスは以前のようなものではなく、触れたかどうかも分からないほど一瞬で終わった。
「こ、これでいいんだよね?」
「大丈夫だと思う。あ、ティッシュ取ってくれる?」
「拭くつもりやな?!」
「逆に拭かないの?」
「……拭かないし」
「夕奈ってもしかして、キスし慣れてる?」
「んなわけあるかい! 初めてした日から唯斗君としかしとらんわ!」
「へぇ」
「……興味無さそうだね」
「そんなことないよ。でも、夕奈とキスしたい男なんて僕以外ならいくらでもいるのになって」
「今、さらっと自分は違うって言ったよね?」
「いいや?」
「誤魔化そうたってそうはいかないよ!」
彼女はそう言いながら掴みかかってくると、唯斗を連れてベッドに倒れ込む。
そしておでこをピッタリとくっつけながら、吐息のかかるような距離で微笑んだ。
「私は誰でもいいなんて思ったことないよ」
「僕だってそうだよ」
「なら、私が躊躇わないのがどうしてかくらい分かってくれるよね?」
「……無神経だから?」
「ちゃうわ!」
軽く右頬をペちっと叩かれた唯斗が「分かった、馬鹿だから忘れるんでしょ」と言ったら、鼻をつままんでグリグリとされてしまう。
「まあいいよ。今はマルちゃんのためにしてるんだもん、そういう話はなしにしよっか」
「どういうこと?」
「お泊まりが終わるまでは、マルちゃんのことを優先していいよってこと」
その言葉に「夕奈を優先したことなんてないけどね」と返すと、彼女は何言ってるのと言いたげな目で不思議そうに首を傾げて見せた。
「あるやん? ほら、熱出した時」
「看病のこと? あれは恩返しだよ」
「それでも私は嬉しかった」
「僕だって夕奈が来てくれて嬉しかったよ」
「……えへへ、また行っちゃおっかな」
「熱出した時は頼むよ。天音に伝染しても困るし」
「私ならええんか!」
「バカは風邪を引かないっていうじゃん」
「誰が馬鹿や! てか、風邪引いとるやろがい!」
「馬鹿も過ぎると風邪引くのかな」
「何でもありになってるね?!」
不満そうに頬を膨らませる夕奈は、怒っているのを表現するためなのかぷいっと顔を背ける。
しかし、意識的なのか無意識なのかは分からないが、肩を掴んでいる手には少し力が入り、体の距離もほぼゼロまで寄せてきていた。
「夕奈、近いよ」
「……ミッション、見てみて」
「
言われるがまま手に持っていた紙を確認してみるが、特に何か変わった部分はない。
ただ、一つだけ見過ごしていたものがあることに気がついた。その内容が、『二人で寝る』というもの。
「10ユーナのお題かぁ」
「私との約束ついでに、これも達成しとかない?」
「いいよ、どうせやらされるわけだし」
「何、その一緒に寝るの嫌みたいな言い方は」
「だから嫌じゃないってば。静かにしてくれるなら夕奈とでも寝るよ」
「その寝るってのは……健全な意味で?」
「それ以外に何があるの」
「だ、だよね」
「あはは……」と苦笑いした後に短くため息をついた彼女は、突然腕を腰に回してくる。
そして抱きしめるように体をくっつけると、胸に顔を埋めながらか細い声で聞いてきた。
「こうして寝てもいい?」
「少し寝づらいけど、夕奈が寝れるならいいよ」
「ありがと、大好き」
「はいはい、僕も好きだよ」
「っ……えへへ、冗談でも嬉しい」
また適当なことを言ってやがると呆れながら適当に返した言葉に、夕奈は目を丸くしてしまうほど綺麗な笑顔を返してくれる。
すぐに顔を埋めてしまって見えなくなってしまったものの、唯斗は胸に残った何かのせいでしばらく彼女のことを見つめ続けてしまった。
「ねえ、夕奈」
「すぅ……すぅ……」
「もう寝たの? 僕より早いね」
「すぅ……すぅ……」
「前から黙ってれば可愛いとは思ってたけどさ」
彼が呟いた独り言は、ドアの外で聞き耳を立てていた天音にしか聞こえなかっただろう。
「……喋っても可愛い時、あるんだね」
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