27
ぶーん。
何かがおじいさん恐竜の腰の辺りから飛んできた。
ぶーん。
続いて、もう1匹。
「やあ、モーモ。僕らは、君の体に住むことにしたよ。これは、僕のお嫁さん。たった今、結婚したんだ」
それは、さっきの虫だった。おじいさん恐竜の体の上で、おじいさん恐竜に運ばれながら生活していた、あの、羽のある虫だ。
「僕らは、君を、新居に選んだ。もうすぐ、赤ちゃんも生まれる」
「さ、モーモ、行きなさい」
虫の新婚夫婦を、優しい目で見て、おじいさん竜は言った。
「わしが生きて目を開けている間は、アロサウルスたちは襲ってこない。これだけ大きいんだから、やつらも、わしのことが怖いんだよ。さあ。あんたたち、モーモを頼むよ」
「う、うん……」
「慌てなくていい。でも、早く。できるだけ早く。その方が、わしも、早く楽になれるから……」
言い終わると、おじいさん竜は、静かに目を閉じた。
「おじいちゃん!」
その体に、モーモが取りすがって泣いている。
「どうしよう」
おねえちゃんが、圭太に言った。目が、真っ赤になったままだ。
「カイバ、スーパーおろち号を呼ぶんだ。今、ここに!」
圭太は叫んだ。自分の声に力がこもるのが感じられた。
「リョウカイ……」
カイバが言い終わらないうちに、
ずずずずずーん!
大きな鉄の塊が、目の前に到着した。
「蛇つかい、電車つかいが、荒いですよ。いっつもいっつも、大急ぎ、なんだから。まだ、貨物車輛を外してもいないのに」
ぶつぶつ言いながら、白蛇が姿を現した。
「白蛇、モーモを群れまで運ぶんだ」
力のこもった声で、圭太は叫んだ。
「もう予算はないって言ったでしょ」
ぴしゃりと、白蛇が言い返す。
「トラック100台と、運転手の人件費で、からっけつですよ。鼻血も出ない」
「スーパーおろちで運ぶんだよ。だってほら、トラックが運べただろ。だったら、恐竜くらい!」
ましてやモーモはまだ、子どもだ。
「ええーっ! 恐竜をスーパーおろち号に乗せるんですか? そんなこと、したことない!」
白蛇は、目を丸くした。
「あれこれ言ってる場合じゃないよ。ほら、あの木の下……あそこに、アロサウルスが……」
「ひえぇぇぇーっ」
圭太が言い終わらないうちに、しゅっと、白蛇は、スーパーおろち号の中に引っ込んだ。窓から首だけ出してきんきん声で叫ぶ。
「恐竜さん、早くお乗りなさい」
「さ、モーモ、早く!」
おねえちゃんが、モーモのつま先をくすぐって急き立てた。
モーモは、まだためらっている。
「行くんだ、モーモ」
おじいさん竜が、かっと目を開いた。圭太が初めて聞く、厳しい声だった。
「お前の背中には、虫たちが乗っている。虫の一家……夫婦と、やがて生まれてくる彼らの子ども……を、守る義務が、お前にはある」
そして、再び、ゆっくりと目を閉じた。
「僕、行くよ」
とうとう、モーモが言った。言いながら、ぼろっと、涙をこぼした。
「モーモ、乗れるかい?」
トラックの乗っていた荷台は、枠で囲まれていて、少し高くなっている。
「怖い……。初めて乗るんだ、こんなの」
「誰だって初めてだよ。恐竜はまだ、誰も乗ったことがないんだって。君が、一番乗りだよ」
垂れた首の、耳元で圭太は囁いた。
モーモは首を竦めた。
「怖い……。足を高く上げると、転びそうだ」
「大丈夫だ。転んだら、受け止めてやる」
「君に? 無理だよ。怖い」
「ほら、モーモ、わたしの上に倒れれば、骨折しない!」
モーモの左側の地面にべたっと寝転んで、おねえちゃんがさけんだ。
「こっちに倒れても、僕がいる!」
圭太も、モーモの右側に寝転んだ。両手両足を長く伸ばして、少しでも多くの地面を覆おうとした。
「僕たちがいるから、大丈夫!」
「君らを潰しちゃうわけにはいかない」
意を決したように、モーモはつぶやいた。
そして、ゆっくりゆっくりと、右前足を上げた。
台の内側奥に前足を降ろす。
続いて左前足。
体重を高い台の乗せた2本の前足に移す。
さあ、勇気を出して、後ろ足!
圭太のそばで、右後ろ足が、そろそろと地面を離れた。寝転んでいる圭太の上に、砂がぱらぱらと落ちてくる。
圭太は息を飲んだ。
右足は消えた。
残った左後ろ足が、ゆっくりと、荷台の中に引き込まれる。
「やった、モーモ、やったじゃないか!」
思わず、圭太は大声で叫んだ。
「おじいちゃん……」
架台の上から、モーモが振り返った。
おじいさん恐竜は薄目を開き、うん、うん、とうなずいた。
「モーモ、100年経ったら、来てごらん」
おじいさん恐竜が、謎のような言葉をつぶやいた。ひどくかすれて、聞き取りづらい声だった。
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