第三十三話 購買部

 黒栖さんの順番が回ってきたとき、彼女は緊張しきりだったのだが、俺は彼女が前に出るときに『マキシムルーン』を使い、密かに彼女の最大ライフを上昇させてスキルを使える状態を作った。


「行きます……っ、『転身オーバーライド』!」


《黒栖恋詠が特殊スキル『オーバーライド』を発動》


《黒栖恋詠が魔装形態『ウィッチキャット』に変化》


 黒栖さんの身体がオーラでできた魔装でところどころ覆われ、猫耳としっぽ、そして猫の手の着ぐるみを身につけた状態になる。


「やべっ……ま、待て、これは反則だろ……」

「黒栖さん、魔装師トランサーのスキルが使えるようになったんだ……」

「めっちゃ可愛くない? いいなー、私も変身するスキルが良かった」


 黒栖さんは真っ赤になってこっちを向くが、こちらとしてはぐっと拳を握って応援するしかない。獅子は我が子を千尋の谷に落とすという――と、弟子を見守る師匠の気持ちになってしまった。


「素晴らしい。前の時間は上手く使えないということでしたが、よく短期間でコツを掴みましたね」

「ありがとうございます、先生」


 俺のほうをちら、と見つつ言う黒栖さん。それだけでも気づく人は気づくのか、またも注目を浴びてしまった。 


「黒栖がスキル使えるように、神崎がコツを教えたとか?」

「教えてもらったのか……? 俺以外のやつに……」

「男子は調子よすぎ。黒栖さんのこと地味子とか言ってたくせに」

「そーだそーだ、手のひら返しは良くないと思いまーす」


 やはり黒栖さんは人前に出ると、男子の目を引くらしい――彼女がペアを組めずに一人残っている状況というのは、男子がお互いに牽制しあった結果ではないだろうか。


「では黒栖さん、早速お願いします。木人はもう一体のものを狙ってください」

「はいっ……行きます、『ブラックハンド』!」


 闇属性のオーラを猫の手の形に変えて飛ばす技――木人を壊すことはできないが、かなりの衝撃を与えることはできた。


 変身系のスキルはステータスが強化されるので、魔法の威力も当然上がる。不破も自分の『エレクトリックブラスト』より強力だと感じたようで、目を見開いていた。


「……やっぱりあいつは……そうだよな……」


 呆然としている不破の言葉は、俺にも聞こえていた。『転身』を使った黒栖さんの強さを知っていたのなら、彼女に対して辛く当たっていた理由は――いや、それは俺が深入りすることでもない。


「素晴らしい威力ですね。神崎君は想定外として、黒栖さんのスキルも十分に強力です」

「ありがとうございます、全部玲人さ……神崎君のおかげです」


 その言い間違いが黒栖さんの隠れファンだった男子にとっての決定打となってしまったようだったが、俺が謝るのも違う気がする。


「次、南野さん……おや、体調不良ですか?」

「はーい……」


 南野さんは『ベクトライザー』という、射撃武器をスキルを使って曲げたり、威力を上げたりというスキルを持っていた――実は育てると結構強いスキルなので、実習前に自信を持っていたことも頷ける。


「神崎君は例外ですから、気を落とすことはないですよ。彼に追いつくのは一朝一夕でできることではありませんし、正直を言うと先生でも彼と同じことはできません」


 ついに先生もはっきり言ってしまったが、学園で何も教わることがないというわけではない。俺も『隠密スニーク』と似たことはできるが、それは隠密そのものじゃない。


 スキル実技の授業自体は全く問題ないということで、単位の心配はなさそうだ。今後も黒栖さんをサポートしつつ、見せていい範囲のスキルでクリアしていきたい。


 ◆◇◆

 

 午前の授業が終わり、昼休み。昨日折倉さんに話を聞いたこともあって、購買に様子を見に来た。


 混雑を防ぐために窓口が幾つかあるが、驚いたのは、売店の店員もまた制服を着ているということだ。


「いらっしゃいませ、購買部にようこそ」


 おさげにした栗色の髪に、三角巾をつけている女生徒。エプロンをつけていて、『生産科 古都』という名札をつけている。


「……あら? お客様、どこかでお会いしませんでしたか?」

「え……?」


 こんなことを聞かれたりするのは漫画やドラマなどでしかないと思っていたが、まさか自分に訪れるとは思っていなかった。


 『古都』という名前に覚えはない。中学時代に遡っても心当たりは無いので、その旨を伝えるしかない。


「すみません、人違いだと思います」

「そうですか、でもやっぱり……お客様、よろしければお名前を聞いてもいいですか?」

「俺は神崎玲人と言います」

「……れいと……れい……」

「……?」


 下の名前だけを確かめるように呟いたあと、古都さんは朗らかに笑う。やはり俺に会ったことがあるのだろうかと思ったが、それは違っていた。


「失礼しました、つい早とちりしてしまって……」

「いえ、大丈夫です。購買部では生産科の人が店員をしてるんですか?」

「ええ、生産科の二年生は購買部の店員として実習をするんです。自分たちが作ったものも購買部に納品しているんですよ」

「そうだったんですか。生産科って、地図で見ると牧場とか農場があるみたいですけど」

「ここで扱っているサンドウィッチなどは、材料はほとんど学園で作っていますよ。ミルクもそうですね」


 そう言われると、産地直送どころか産地そのものの食材というわけで、俄然魅力的に見えてくる。社会見学で牧場に行ったとき飲ませてもらった牛乳は、驚くほど美味しかった――そんな記憶が蘇る。


「それ以外は、何を作ってるんでしょう」

「冒険科や討伐科から入荷した素材を、生産科で加工することもしていますよ。魔物素材の研究は、大学や研究機関とも連携してやっています。装備品などは魔物素材を使ったものも、限定品ですが入荷しますよ」

「それは見てみたいな……こまめに通うことになりそうですね」

「スマホで入荷状況は確認できますよ。メールが届くようにしておきますか?」

「はい、お願いします」


 倒した魔物は基本的に消えてしまうが、一部の魔物は倒しても素材が残ることがある。オークロードの場合は角や牙を落としたりするが、それよりも魔石の方が希少レアだ。


「……同じところに入ってたんだ、……くん」

「? 古都さん、今何か……」

「いえ、何でもありません。お昼がまだでしたら、搾りたてのミルクとカツサンドはいかがですか? 他にも……あっ、もう欠品が出ちゃってますね」

「じゃあ、お勧めのものを買っていきます。色々説明してくれてありがとうございました」

「いえいえ。これを機会にお得意様になってくれたら嬉しいです」


 古都さんは最後の一個のカツサンドと、三角パックの牛乳を渡してくれた。こんなパックの形は見たことがないが、風峰学園生産科特有ということだろうか。



 そしてどこで昼を食べようかと考え、持ち込みも可だというミーティングカフェに足を向けてみると――黒栖さんと、なぜか討伐科の折倉さんが、二人で一つのテーブルについていた。


「あっ……玲人さん、お昼はまだですか? でしたら、ぜひ一緒に……っ」

「ありがとう。折倉さん、なんでここに……?」


 黒栖さんを驚かせないようにと上の名前で呼ぶが、雪理は微妙な反応をする――やはり、一度呼び方を変えた以上は下の名前で通すべきだったか。


「なんでとは挨拶ね。今日の放課後のことを話したのを忘れたの? 黒栖さんも交えて、少し話をしておこうと思って来たのよ。ちょうど来てくれてよかったわ、今から呼び出しをかけようとしていたの」


 彼女はそう言うが、討伐科で一番の有名人だろう彼女が来てしまえばどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。


「折倉さん、なんで冒険科にいらっしゃるのかと思ったら……ま、まさか、あいつに会いに来たとか……?」

「落ち着け、まだ焦るには早い。おおおおおおお落ち着け」

「終わりよ……もうおしまいよ。雪理様が男子と一緒になんて……」

「まだ諦めるには早いわよ。ほら、女の子がもう一人一緒にいるじゃない」

「私もあの子みたいに前髪を伸ばしたら、雪理様とランチをご一緒できるの……?」


 当の雪理本人は、冒険科の生徒たちが情緒不安定になっていることなど全く気にしていない様子で、俺に座るように勧めてくれる。それはまさに、我が道を征く姫君のような振る舞いだった。

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