第65話挑発

 ぽつりぽつりと交わされていた会話も今は絶え緊迫感のある沈黙だけがふらふらと浮いていた。


 基本的に靴を履かず金属製の鎧も着ていないゴブリンの行軍は黙っているととても静かだ。


 杖を握る手に力を込める。木々の間から集落が見え始めていた。耳をすませばその下品な喧騒すら聞こえそうだ。


 決戦の時は近い。


「まずは私の仕事だ」


 誰にともなく言ってから僕はさっさと歩き出す。部下たちが付いてきているのが足音でわかった。

 

 木々の間を抜けた僕を柵の近くに屯していたゴブリンたちが視認する。


 最初は興味なさそうに同族から目を逸らしたゴブリンたちだが続くコボルトに凍りついたように動きを止めた。


 沈黙が場の支配権を獲得する。ゴブリンたちは集落の警戒網に自信を持っていたんだろう。侵入者を前にしても事態が正しく認識できないのだ。


 いつもならタラタラせずにさっさと近づいてサイレントキルに勤しむのだが今回は別。


「て、敵襲!敵襲!」


 掠れた声で叫んだゴブリンは自分の声に励まされたのか二度目の警告は集落に響き渡るほどの大きさだ。


 これくらいでいいだろう。


魔法の矢マジックアロー


 最初に叫んだ勇敢なゴブリンの頭を吹き飛ばす。

 

 叫んだゴブリンに勇気づけられたゴブリンたちは仲間の血を浴びながら硬直し最後の警告のタイミングを失う。


 その隙を逃すほどコボルトたちは無能でも優しくもなかった。


 僕が次の魔術を放つ前に部下を含めた前衛の兵士たちが殺到しテキパキとゴブリンを殺していく。結局最初に警告したゴブリンは最後の警告者となった。


 響き渡る悲鳴を聞きながら僕はゴブリンリーダーに話して考えの整理を試みた。


「お前なら警告の後に悲鳴が聞こえたらどうする?」


 僕の質問にゴブリンリーダーが一瞬考える姿勢を見せた。


 良かった。ここで食い気味にすぐに向かうと答えられたら僕も困る。


 集落の各地から聞こえてくる混乱の音に耳を澄ませているとようやくゴブリンリーダーが口を開いた。


「そうだな……弓取りを集めて門に撃たせるとか?」


 真面目な顔で言うのは怖いからやめてくれ。部下を巻き込む気満々のゴブリンリーダーに流石の僕でもちょっと引いた。


 おいおい大丈夫かよ僕の部下。ナチュラルに少数のために多数を犠牲にしてるぞ。そのうち眼鏡をかけている人間を虐殺し始めるじゃないの。


 僕の冷たい目線にゴブリンリーダーは意思を込めた目で見返した。


「ゴブリンの流儀だ。全員死ぬよりマシだろう」


「私はゴブリンではなく私だ」


 僕は僕である限り生きるためにあらゆる手段を実行するつもりだがゴブリンの流儀だからという理由で行動するつもりはない。


「族長。俺はあんたのシナリオ通りに動く。そう誓ったし今でも気持ちは変わらない。だがあんたに遠慮する気はない。思った通りのことを言う」


 いつかと同じようなことを言い放ってからゴブリンリーダーは僕の何かいいだけな視線を受けて付け足した。


「だがあんたの決定には従う。俺の意見に耳を貸しても貸さなくても」


「……頼むぞ」


 ゴブリンリーダーは無言で、だがしかし確かに頷いた。


 僕たちが会話している間にのこのこと出てきたゴブリンたちに部下たちが襲いかかる。コボルトたちは一旦静観することになっている。


 建前は様々だが、要は『実はゴブリン同士仲間でしたぁ!』という展開を避けるためだろう。

 

 武装を整備せずに慌てて出てきたゴブリンたちと部下が距離を詰める。


 僕の部下の優秀さは数少ない自慢だ。数多くの死線を潜り抜けレベルを上げてきた精鋭である。


 そんな部下たちが群れの中で暮らしていた上にこの状況で出てきてしまう残念なゴブリンに負けるはずがない。

 

 ちなみに僕が相手なら出入り口付近の防衛は諦めて内側で迎え撃つ。地の利もあるし、歴史は待ち伏せしている敵を突破することは至難の技だと教えてくれる。


 ま、その対策も一応用意しているんですけどね。使いたくないけれど。


「勝ったな」


「これからが本番だぞ」


 フラグのようなことを言うゴブリンリーダーを嗜めたがそう言いたくなる気持ちもわかる。


 若干数で劣る部下たちが敵を片付けていく様は見ていて痛快だ。


 ちなみに僕たちはサボっているわけではなく指揮官として全体の俯瞰に努めているのだ。後ろからだとかなり見にくいけど最前線よりマシだ。


 例えば今も近くのボロボロの家から出てきた一団もはっきりと見える。


 言葉で警告するより先に瘴気を杖に込め、


衝撃波ショックウェーブ


 先頭のゴブリンをまとめて吹き飛ばした。気分は悪くないのだがなに分燃費が悪い。


「ステータス」


—————————————-



 種族:ゴブリン呪術師

 位階 :族長

 状態:通常

 Lv :18/40

 HP  : 208/208

 MP :197/228

 攻撃力:71

 防御力:62

 魔法力:89

 素早さ:63

 魔素量:D


 特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv5][仲間を呼ぶ][指示:Lv2][瘴気付与Lv2]


 耐性スキル:[毒耐性Lv1]


 通常スキル:[罠作成:Lv2][槍術:Lv1][剣術:Lv2][無属性魔術Lv2][呪術Lv2]

[水属性魔術Lv1]


 称号スキル:[邪神の使徒][同族殺し][狡猾][ゴブリンチーフ][上位種殺しジャイアントキラー][祝福を受けし者]



————————————


 しかも瘴気を一気に使うと魔力以外の何かを消費しているのか目眩がする。


 部下たちが敵の存在に気付いたことが救いだ。


 が、部下が行動を起こす前にコボルトたちが前進する。指揮官の能力のお陰か部下達とぶつかりはしなかったものの連携はまだ不安が残るか。


 だがやはり数の差とは偉大なもので多数であるコボルトが敵ゴブリンの集団を飲み込み即座に消化する。


「友ヨ。頃合イデハナイカ」


「そうだな」


 静かに近寄ってきたラダカーンに開始を告げれ僕は覚悟を決める。恥を知る一個人として好む手ではないがやるしかない。


 三度大きく息を吸った。


「臆病者のウルズはどこに隠れている!」


 いる、いる、いる……。


 山彦のように響いた僕の声に一瞬集落が静まった。間髪入れずにもう一度息を吸う。


「無能故に族長に追い出された木偶の坊が、戦士としての勇気すら持ち合わせていないのか!」


 僕が勇気と蛮勇を履き違えた愚か者のように見られそうで怖いが、ウルズは怒りで僕のことを考える余裕がないだろうから滑り込みセーフだ。


 というかこれ裏切り者に言われたら僕でも腹が立つな。



「ガァァァァァァァァァァアァァ」


 半ば現実逃避と共にそんなことを考えている僕の耳に低く恐ろしい咆哮が聞こえてきた。


 戦いは第二フェイズに移行しつつあった。

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