第54話洞窟にて
好奇と嫌悪の視線の集中砲火の中を僕は歩いていた。
肉体に影響を与える火力はないが、心を削る砲撃だ。
ラダカーンに住処に案内すると言われた時からこんなことになるだろうと予想していたけど。
ラダカーンを見るコボルトの目に疑惑が浮かび、僕を見て確信に至る。
何を確信したんだよ。敵だ!とか?……ありそう。
ヒソヒソと小さく囁かれる声の方を振り向けば、胡乱な瞳でこちらを睨むコボルトがいる。
コボルトの住む洞窟に着いた僕たちはあまり歓迎されていないようだった。
まあ、そうでしょうよ。僕も集落にコボルトが来たら何事かと疑うことは間違いない。
連れてきたのがラダカーンのような狂信者だったらついでに奴の失脚を目論むことも確実だ。
性格が悪いって?効率が良ければ良いんだよ。
針の筵に立たされた緊張から思考遊戯で逃避している僕へ、ラダカーンが振り返った。
「友ヨ、有象無象ノ目ガ煩ワシイカ?」
「まあ、多少はな」
似合わない質問に思わず素で答えた。
「愚カ、愚カデアル!友ヨ、我等ハ偉大ナル邪神トトモニアル。寵愛ヲウケヌ者ドモニ心ヲ裂ク必要ナドナイ」
……慰められてしまった。
なのに、嬉しくもない。
邪神と共にあるなんて寒気がすることを言われたからだろう。
「スベテハ我ガ神ノタメ」
一人納得したように何度も頷くラダカーンを見ると、自分なんてまともに思えてくるから不思議である。
ドン引きしている部下たちに目もくれずラダカーンは何事かブツブツと唱えながら、顔を前に戻した。
心なしか疲れた僕は無言でちょっと湿っている洞窟の土を踏みしめた。
「ココカラ奥ガ戦士ノ住処ダ」
「なるほど」
適当に返しながら僕はゴブリンリーダーと目を見交わした。
ボロボロな門に門番までいる。
人間基準で考えれば本当に大したことはないけれど、コボルト基準で考えればまあ、こんなものだろう。
ラダカーンが何事か話し、門番が嫌そうに首を振る。
それでも諦めないラダカーンについに門番が小さく頷いた。
「友ヨ、待タセタナ。族長ニ紹介スル手筈ガ整ッタ。タダ申シ訳ナイガ先ニ族長ニコトノ次第ヲ申シ上ゲル必要ガアル」
「わかった。その間は待たせてもらうとしよう」
僕が鷹揚に頷くとラダカーンが理解できないという風に頭を振った。
「ヤレヤレ、我ガ信仰ノ友ヲ疑ウトハ。理解デキヌ」
コボルトたちには同情しよう。どこにお前の信仰の友がいるのか。僕も理解できない。
無言で微笑みを返す僕に本題を思い出したラダカーンが、口を開く。
「ソレデダ、コノ者ガ案内スル部屋デ待ッテイテモラエヌカ」
「構わない」
短く返した僕にラダカーンが頷いて門番に何事か声を掛けた。
その声に従って、嫌々ながら門番らしき槍を持ったコボルトが案内してくれる。
素晴らしいおもてなしの心だ。あとは睨まなければオリンピック開催地に選ばれるレベル。洞窟だけど。
「あんまり歓迎されてなさそうだな」
思考に逃げていた僕にゴブリンリーダーが耳打ちした。
「まあ、どうせこんなことになるだろうと思っていた」
僕は腕に抱えた子狼の背を撫でながら小声で返す。
この状況で歓迎されるならコボルトはよほどの馬鹿か、感情を隠す術に長ける怪物のどちらかだ。
正直どちらでも関わりたくないので歓迎されない方が好都合まである。精神的負担を除けば。
細い道を一つ曲がった突き当たりに開けた場所が見えた。コボルトが中に入るようにジェスチャーする。
「こちらでお待ちください」
と言っているんだろう。言っているといいな。
露骨に睨むコボルトを見つめ返していると捨て台詞を吐いたような雰囲気でコボルトが部屋を出た。
僕の部下たちを全員収納できる部屋だけあって中々広かったが、殺風景なものだ。
申し訳程度にボロボロな机と椅子が置いてあるがその他の家具はない。
「座るか」
呟くとでもなく呟き、僕は素材そのままな椅子に腰かけた。家具用品店ではなく木工の材料として売られていそうな椅子だがないよりましだ。
子狼を床に下ろして一つ伸びをする。どうしてもと言うから抱えてやったが、こいつやはり重い。
かなり歩いたからか足がパンパンだ。森を歩き回って足には自信があったんだけどな。
僕の隣に腰を下ろしたゴブリンリーダーが呑気に干し肉をかじり始めた。
僕の側近は食欲に負けたらしい。
冷ややかな目で見つめる僕に気づいたのか気づかなかったのか、干し肉を差し出してきた。
「族長も食べるか?」
「……貰おう」
僕も負けた。仕方ないじゃん。人間から奪った干し肉美味しいんだもん。
もんじゃねえよ。
モサモサと干し肉を食みながら僕は杖を撫でた。
「奴らどう出ると思う?」
「さあ?」
「……」
おいおい。ユーは僕の部下だけど、騎士じゃないんだからサーなんて尊称はいらないよ。
「よくわからない未来をくよくよ悩むなんて、そんなの俺の仕事じゃないだろ」
僕の不満を見て取ったゴブリンリーダーがさらっと聞き捨てならないことを溢した。
誰だよ。つい数時間前に無茶苦茶焦ってた奴は。
揶揄ってやろうかとも思ったが、本気で凹みそうなので今回はやめにしてやることにする。
「お前たちはどう思う?」
緊張気味な部下に言葉を投げれば、部下たちは目線で相談してから一人が立ち上がる。
「あの、もしコボルトが襲ってきたらどうなさるつもりですか?」
「当然応戦し、可能な限り生きる道を模索する」
当たり前のことを聞く部下に当たり前の結論を返した。
勿論、応戦したところで数の差は圧倒的だ。その上ここは洞窟。逃げられるとは思えないが、それは言う必要はあるまい。
「逃げれるのでしょうか?」
無理に決まってるだろ。
そう考えながらも僕は無表情で諭した。
「いいか?私たちはかなりの窮地から逃走してきた。人間に比べればコボルトなど大したことはない」
微かに納得の色を浮かべながら頷く部下の単純さに安堵しつつ、払った犠牲を思い返した。
実に、実に多くの部下が倒れた。
「失礼スル。友ヨ族長ヲ連レテキタ」
平坦な声音に感情の帳を剥がされた僕は再び脳にエネルギーを入れる。
生きるか死ぬか、舌戦といこう。
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