第42話騎士の本領

 縄を繋がれたゴブリンが己の集落に向けて歩いていた。抜け殻のような瞳にフラフラと頼りない足取りだ。


 悪魔に魂を抜かれた被害者のようだが、似たようなものだ。


 徐々に森が深くなってきた。日随分とも高くなってきたし頃合いだろう。


「聖女殿」


 咳払いをしたガウェインは聖女に声をかける。


「この辺りで休息を取りたいと思います。どこか開けた場所はありませんか?」


 ゴブリンを意識しながらのガウェインの声に聖女は甘ったるい表情で頷いた。


「いいですよぉ」


 お話ししますねぇ、と断ってから縄を引っ張ってゴブリンを乱暴に呼び寄せる。


 ナチュラルにゴブリンをモノ扱いする聖女にガウェインが引いていることにも気付かず、聖女は何事か話していた。


 首が絞まっているゴブリンの掠れた返答に満足気に頷くと聖女はくるりと振り返った。


「ガウェインさん、ここから少し北へ行ったところに岩場があるらしいですぅ」


「それはよかった。出来れば案内していただけると嬉しいです」


「いいですよぉ、じゃあ失礼しますねぇ」


 乗っている猪に声をかけて聖女は先頭に向かって歩みを速めた。


 ようやく苦手な女と離れられたことに安堵のため息をつくガウェインはしれっと逃げていた副官に恨み言を漏らした。


「……ノルベルト。お前逃げやがったな」


「閣下は忙しいだろうと思いましてね。仕事を代わって差し上げたのですよ」


 この部下の鑑になにを言う、とわざとらしく顔をしかめるノルベルトに、ガウェインは牙を剥き出しにして笑った。


「それは悪かったな。よし、残りの仕事は私が片付けよう。代わりにお前は聖女殿についていてくれ」


「……勘弁してくださいよ」


 嫌そうな顔でそう漏らすノルベルトにガウェインは鼻を鳴らして答えた。


 勘弁して欲しいのはどっちだと思っているんだ。


 馬の蹄の立てる音と連動するように沈む上司にノルベルトは同情的な、養豚場から出荷される豚を見る目をしている。


「同情するくらいなら代わってくれないか?」


「龍の息吹が凍ったら、ですね」

 

 言外に真っ平ごめんだと告げるノルベルトにガウェインは肩を落とした。


「クシュナー卿を呼び戻そうかな」


「やめてください。これ以上関係をややこしくしたくない」


 クシュナーは建前はともかく、借りを返すために最前列にいるのだ。変に呼び戻せば余計な探り合いが増えるだけだ。


「はぁ」


 ため息をついたガウェインにノルベルトが宥めるように言い聞かせる。


「いいではないですか。聖女の力は敵ならば恐ろしいが、味方ならば心強い」


 だから心配なんだよ。そう口から出そうになったが、ガウェインは意志の力で口の戸を押さえた。


 今声が聞こえる範囲にいるとはノルベルトを始め信頼できる部下ばかりだ。


 しかしなにもわざわざ重荷を背負わさる必要もない。


 ここ数日溜まっていた疲労と怒りを吐き出すように、ガウェインはため息を吐いた。



———————————


 天幕の設営を終えたノルベルトは各級指揮官と見張りの手順を決定してから上司であるガウェインのテントへ足早に進んだ。


 無愛想に見せかけて、少々神経質な気のある上司は、聖女の相手できっと腹を痛めているだろうから。


「遅れました」


 天幕の覆いを開いて入ったノルベルトは誰にともなくそう声をかけた。


 話し声が一瞬止み、立ち上がっていたものが席についた。


 どうやら大まかに右に王国側、左に教会側と分かれているらしい。


 和やかとは言い難い雰囲気の名残は各々の表情からも見て取れる。


 ノルベルトの登場により争いは流れたようだが、あまりいい傾向とは言い難い。


「ご苦労。ここに座れ」


 長テーブルの奥の上座に座り、能面のような表情で自分の右横を差すガウェインに従い、ノルベルトは腰を下ろした。


 ノルベルトは仕事を済ませたこと、そして魔術師が捕らえられた情報を伝えた。


「首尾は?」


 天幕の出入り口近くに突っ立ったいるゴブリンにチラリと視線をやったノルベルト。


「滞りなく。奴を尋問した結果。集落の細かい位置と大まかな数が判明しました」


 ノルベルトの反対側に座っていたクシュナーが淀みなく答えた。

 

 澄んだ水のように捉え所のない表情は起こった争いの深刻さと溝の深さを伺わせる。


「集落はこの場所から西へおよそ半刻進めば着くそうです。数は500余り。上位種が多数存在するようですが単体戦力は予想の範疇です」


 目の端ではガウェインが微かに頷いている。これで正しいのだろう。


「どう戦うつもりですか」


「正攻法で行きます。三方を包囲した上で残る一方に伏兵を」


 そう言って略図を指し示したのは王国側の将官の一人だ。どうあっても聖騎士に戦術を語らせる気はないらしい。


「包囲といっても我々の目的はあくまでも中継基地の確保だ。我々でも掃討はするが、徹底的な狩りは専門の方に任せよう」


 冗談めいたことを無表情でのたまうガウェインの怒りを感じ、ノルベルトは面倒くさいと顔をしかめる。


 神官を多く輩出する家の出だから感じるのだが、奴らに理論や損得を説いたところで無駄である。


 『それも神の御意志』ですまされてしまえば確かに理論は力を失う。余りガウェインと相性のいい相手ではない。


 だからそこはノルベルトの負うべき部分だ。


「わかりました。私に正面戦力の指揮は任せください。聖騎士の方も私に付けていだければ幸いです」


 怒涛の勢いで続けたノルベルトは、異論はないなとギラリと一人一人の顔を睨み据えた。


 最後にガウェインに目で問うとガウェインは小さく頷く。


「よかろう。私の本陣をその後、左翼はダールトン」


「承知」


 厳しい顔つきの騎士が重々しく頷く。


「右翼はデール。伏兵の指揮はギュンターに任せる」


 二人が同時に頷いた。


「あとそれから、聖女どのには私とご同道いただこう」


「わかりましたぁ」


 感情の制御に長けている上司の口調に、犯罪者をしょっぴく衛兵の色をみてノルベルトは小さく呆れのため息をつく。


 そんなに嫌いなのかよ。


 咳払いしたガウェインが締めにかかる。


「では各々方おのおのがたぬかりなく」

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