第39話お勉強
……暇、だ。
昨日も同じことを言った気がする。でも仕方ないじゃん。暇な物は暇なんだもん!もんじゃねぇよ。気持ち悪っ。
「なあ、ちょっと面白い話してくれよ」
「……それ私ですか?」
露骨に嫌そうな顔をする森神官に僕は心中で小さく笑う。なるほど期待した通りの反応だ。
近くもなければ遠くもない切り株に腰をかけている僕と森神官はなるほど暇潰しの相手としては最適だろう。
「その通り。さっどうぞ」
いい笑顔で肯定し、手振りで促した僕に森神官が苦い表情を見せる。
あー、とかうー、とか唸り声を上げた森神官の顔がぱっと輝いた。
何か思いついたらしい。
「私が部隊長殿に魔法を教えるというのはどうですか?」
「教えてくれるのか?」
「ええまあ。上司があっさりと戦死するのもつまらないので」
ええ奴や。簡単に絆されそうになった心にストップをかける。
「私が……その……君より弱いと気付いていたのか?」
聞いてしまった。思わず言葉が溢れてしまった。
自分より弱い上司に見放された彼に自分は弱いと告白してしまったのだ。
「ええ、まあ」
歌う小鳥を眺めて、何の気なしに放たれた森神官の返答に僕は目を瞬かせた。
「いいのか?」
何がだよ。あまりにも言葉足らずな質問を発した。狼狽えている自分がもどかしく僕は頭を掻きむしりたくなる。
今度はチロチロと蛇のように舌を出して虫を狙うトカゲを見つめていた。
「別に構いませんよ。貴方の下に着くのは悪くないですからね」
「そうか……」
今にも飛びかかろうとしていたのは錯覚だったのか、トカゲは諦めたように舌を収め、森へと消えていった。
はぁ、と一つ深いため息を吐いてからゴホンと咳払いをして場の空気を変えた。
「それで私に魔術を教えてくれるんだったな」
「ええ。簡単な魔術ならお教えできます」
微笑をたたえながら頷く森神官に、学習の機会が舞い降りた幸運に感謝した。
今なら邪神に祈りた——くないな。どんな理由があろうと邪神なんざ祈る対象にしたくない。
相性の悪そうな異世界の神様も敬遠させていただくとして、地球の神様に祈っても通じなさそうなのでそれも却下。
結論、自分の力で生きていこう。
「では、始めましょう」
僕の人生の指針が決まったことを知らず、穏やかな微笑みを浮かべている森神官がピンと指を立てた。
「そもそも、魔術がなぜ発生するかご存知ですか?」
「いや、知らんな」
思わずぶっきらぼうに返した僕に、お気にされずにと微笑む。
「魔術とは世に遍在する無数の理の一つなのです。他のとの違いは魔術師が魔力によって引き起こすか否か、それだけです」
「なるほど」
「あとは……普通に魔術を行使できる部隊長殿に言う必要はありませんね」
ふむ、と悩んだ末に森神官は目を開けて僕を見据えた。
「部隊長殿はどんな魔術を使いたいのですか?」
良かった。どんな魔術が使えますか?と聞かれたら僕は森神官と殺し合いを覚悟しなければならなくなっただろう。
手の内を明かすように請うとはそういうことだ。
「どんな、とは?」
「敵を倒すとか、日常に役立つとかです」
そう言われると特に考えていなかったことに気づく。
力を得られる機会をただ欲していただけだ。
「そうだな……強いて言えば生き残りに役立つ力だな」
「そうですか。それは迷いますね」
目を閉じて考え込んだ森神官は僕が近づいて来ていたウサギに魔法の矢を叩き込んだことにも気付かなかった。
おやつがてら朝から働き詰めだった部下に休憩として配ったところでようやく意識を回復させる。
うさぎ肉を摘みながら森神官は口を開いた。
「ならば水属性魔術はどうでしょう」
「水属性?」
あまり強そうな印象はないが。
「そうです。以前戦った敵に毒を混ぜて水属性魔術を使う者がいましてね。非常に恐ろしかったのを憶えていますよ」
うわー。嫌らしい手立て。毒の使い手は数で押すゴブリンにとって最悪の敵だろう。
「それお前を使えるのか?」
「ええまあ。覚えました」
「そ、そうか」
……ねぇ、もうお前が部隊長やれよ。いいよもう。
最初は何の気なしに使っていた部下は実は物凄く強いのではないだろうか。
「呪文は
「それって呪文を口に出しては意味がなくないか?」
「確かにゴブリン相手に使うならば無詠唱の方がいいかもしれませんね。できればですけど」
やっぱり無詠唱とかあるもんなんだな。
「無詠唱って難しいのか?」
なんとも頭の悪い質問だが、試してみるにも経験が足りなすぎるので聞くしかない。
苦笑した森神官はそれでも答えた。
「格の高い魔術師にとっては必須だそうですが私には無理ですね」
そう簡単にもいかないか。最強の魔法を修得する道は中々厳しいようだ。
「それで?」
「はい?」
「それでどうするんだ?」
「はい。では意識を集中させて魔術を発動させてみてください」
これだけ⁈え?もっとレクチャー的な奴はないの⁈
森神官は真剣な顔つきで僕のことを眺めている。……なさそうだ。
諦めとともに深呼吸をして全身に意識を張り巡らさせる。
体の各部が自分であると反応する満足感とともに呪文を吐き出した。
「
…………何も起こらない。
ぼんやりとこちらを眺めていた休憩中の部下がクスクスと笑っていた。
ニヤついたゴブリンリーダーが肩を叩いてきた。
「ま、頑張れ」
素晴らしい笑顔とともに放たれた挑発に思わず唇の端を痙攣させた僕は迷わず肘鉄を放つ。
痛いだのひどいだの騒いでいるゴブリンリーダーを冷めた目で見つめている僕に声がかかった。
「楽しそうだな」
冷たい声が聞こえた。
僕の視線を東京の雪に例えたら、この声はさしずめシベリアの吹雪だろう。
振り返れば……
「また君か……」
態度が悪い女弓使いが部下なのか多数のゴブリンを連れて切り出し場の端から向かってきた。
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