第35話騎士の受難

 ティナレの森にもっとも近い開発拠点、その中で軍の管轄する区画にガウェイン率いる王国軍2,000は展開中だ。


 天幕の扉が遠慮がちに開た。   


 書いていた書類から視線を上げたガウェインに従士が申し訳なさそうな顔で告げる。


「お仕事中申し訳ありません。聖騎士の方々が到着され、ご挨拶したいとおっしゃっています」


「構わん。通せ」


 ややあって教会のエンブレムである七つの星が描かれた全身鎧を纏った聖騎士が入ってきた。


 兜だけを外した彼の顔にガウェインは僅かに心を乱す。


 癖のない滑らかな金髪に、透き通った湖を思わせる青い瞳。女性のように柔らかな顔立ちの中で、剛健な意志を感じさせる引き締まった唇。


 聖騎士の模範のような顔立ちのこの男をガウェインは知っていた。


 立ち上がって迎えたガウェインに聖騎士の正式な礼を捧げる。


 王国騎士の礼を返したガウェインはその聖騎士に声を掛けた。


「このような所で貴方に会えるとは思っていませんでした」


「それは私もですよ。名高き閃光の名を持つ貴方にまた会う機会を得られるとは」


 神に感謝しなければなりませんね、と微笑む聖騎士にガウェインは右手を差し出した。


「よろしく頼む、クシュナー卿」


「こちらこそ。ガウェイン卿」


 しっかりと手を握り合いながら、ガウェインは心の中でほっと安堵のため息をついていた。


 聖騎士の中に一定数いる人の話しを聞かない狂信者と上手くやっていける自信がなかったのだ。


 幸い、過去に轡を並べて戦ったことのあるクシュナーは割合まともな人物だと記憶している。


「立ち話というのもなんだ。さ、座りたまえ」


 感謝の言葉を述べて下座につくクシュナーに、ガウェインは少し迷ってから上座についた。


「いや、それにしても懐かしい。何年ぶりにりなるかな」


「5年、いや6年ですね」


「もうそんなに経ったか……」


 しみじみと遠い目でそう溢すガウェインにクシュナーはクスリと笑みを漏らした。


「酷い戦いでした」


「全くだ。邪教の徒と戦うのはもうご勘弁願いたいね」


 会話の中でガウェインは軽いジャブを放った。


 お前たちの戦いに巻き込むな、と暗に言ったのだ。


「私もそう思います。しかし、信徒である限り皆、邪教との戦いは避けられません」


 対するクシュナーの返答は、お?お前、神信じてるよな?異端じゃないよな?なら戦えや。というもの。


「貴方のような敬虔な聖騎士に褒めてもらうほどじゃないさ」


「いえ、王国の神への貢献は目を見張るものがあります」


「「ハハハハ」」


 天幕に響く白々しい笑い声にガウェインは心の中で前言撤回だと呟く。


 思ったよりやりづらい相手だ。


 こちらの目的は砦の建設予定地の確保、相手の目的は邪教の討伐。


 もうこの際彼ら聖騎士をこの遠征部隊から突っ返すことはできないので、できるだけ利用し、最低でも巻き込まれないように行動している。


 が、それは相手も同じだ。道中の労力を節約し、出来るだけ王国側にも討伐の戦力を出させたい。


「我々は荷物を抱えていてな。どうしても歩みが遅くなる。ついては名誉ある聖騎士の方々に先鋒をお譲りしたいのだが……」


 しかし、ガウェインの側には出発の直前で無理を言われたという貸しがある。


 これをただの貸しと思うなかれ。これは聖騎士がホーバルウルト家に仕える騎士に作った貸しなのだ。


 有形無形の枷となって行動を縛る可能性すら秘めている。


 だから、


「では、その任我々が請けましょう」


 クシュナーは頷くしかなかった。ガウェインは交渉の成功に心の中で歓喜の声を上げる。


 ガウェインとしては最悪邪教の討伐に参加しても構わなかった。


 ここで想定される最悪なシナリオは助力を惜しんで討伐に失敗し、周辺の邪神を崇拝する者どもと合流されることだ。


 それを考えれば損害を度外視してもいいとすら思う。


 それほど、邪神教徒とは厄介な相手なのだ。


 悍ましき悪魔と契約する魔術師に、邪神を祀る邪神官。堕落した騎士に、邪神に創造された醜い怪物。


 どれも関わり合いたくない相手だ。そんな奴らが祖国の側にいると言う。


 それでも、祖国のために必要な道を作る覚悟は揺らいでなどいなかった。


 しかし……ガウェインはそう遠くない将来訪れるであろう受難に小さなため息をついた。

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