第23話コボルト狩り——ぇ?

濃厚な血の香りを放つゴブリンを先頭に僕たちは北に向かって警戒しながら歩いている。


 この餌で釣れるかは疑問だが他のやり方を知らないんだ。妥協するしかない。


「部隊長!部隊長!」


 なんだうるさい。


 地面を眺めて騒ぎ立てる部下に近づけば、部下は茶色い物体を指差し興奮したように……


 僕は内心でちょっと肩を落とす。


 僕こんなことで呼ばれたの?お前らマジで小学生かよ。


「どうかしたのか?」


 無気力に問うとゴブリンはやはり嬉しそうに頷いた。


「何か近くにいる!」


「••••••」


「部隊長?」


 確かに、そうかもしれない。


 あまり注視して気持ちのいたものではないが、よく見てみればそれほど時間が経っていないように見える。お目当の獲物コボルトの物かは疑問だが、何か生物のいた跡としての説得力はある。


 しかし、ゴブリンに教えられた、だと?



 のび太くんに諭されたドラえもんレベルで驚いている。


 別に?現代人にサバイバルの知識なんてないのは仕方ないことですし?気にしませんけどね?ええ?


「そうだな」


 なんとか絞り出した言葉で勢いづいた僕は更に続け


「この辺りで罠をーー」


「ギガギャギーー!」


 ようとした。


 部下の悲鳴に咄嗟に振り向いた僕は目眩がしそうになった。


 部下を木の枝が拘束している。


「は?」


 え?何これ?えっ?


 触手のように蠢く枝を部下は必死に剥がそうとしているが、部下が枝を払う速度より拘束する枝が増える速度の方が速い。


「と、トレント……なのか?」


 醜悪な顔を持ち、枝を動かせる木といえばトレントしか思い浮かばない。


 サイズはまだ若木の範疇に納まる部類だったがゴブリンと比べれば桁違いに大きい。


 部下とともにフリーズしていた僕は自分に飛んできた枝を見て我に返る。


「なっ、くそっ!」


 地面を転がって避けた僕は立ち上がり様に枝に剣を当ててみた。


 サクッと剣が入った。入りはした。が、浅い。


 ようやくフリーズの解けた部下たちが尖った木の棒や棍棒を振り回すが無論そんなものダメージにすらならない。


 トレントが枝を一振りすると部下たちはまとめて吹き飛んだ。


 唯一難を逃れた尖った石を持ったゴブリンが石を投げつけた。


 数本の細い枝が折れるが、またも煩わしげに振られた枝に吹き飛ばされる。


 しかし、それで十分だ。


 無防備に振るった太い枝に剣を叩きつけてへし折った。



「………ァ……ぃ」


 トレンドが隙間風のような不気味な悲鳴を上げる。


 ホラー映画かよマジで!僕そういうのは苦手なんだよ。観たら3日は一人で夜トイレに行けないレベル。いつも一人だから夜にトイレに行かなくなった。


 部下の首を絞めていた枝がこちらに向かって鞭のように振られる。


 広範囲を薙ぎ払う枝を飛び退いて躱した。


 まずい。範囲攻撃はゴブリンにとって相性最悪な敵だ。


 まともに戦えそうな部下は仲間がクッションとなって直接枝に当たらなかった二匹のみ。それ以外は苦しげに呻いている。


「お前たち、分かれて攻撃しろ!」


 僕は夢中でゴブリンに叫んだ。


 よろよろと立ち上がった2匹は部下を構えて三人でトレントを囲むような位置につく。


「いいか?僕がやれと言ったら同時に攻撃するんだ」



 そう言って僕は自分の怒りに意識を向ける。


 怒りを燃やすのは簡単だ。僕のゴブ生のほぼ全て怒る要素になるまである。


 勝手に転生させられたので出生が怒る要素まである。


 剣に昏い、溟い光が集まった。確認したわけではないが、邪神の加護のレベルアップを僕は確かに感じた。


「やれ」


 2匹が無言で突撃し、僕もそれに倣う


「•••••ぉ•••••ぁ」


 トレントが例の隙間風のような声を上げ恐ろしい速度で枝を払うが、


「馬鹿が」


 僕は無意識のうちにそう呟いていた。やはりこいつあまり頭が良くない。三人の誰を狙うか考えず咄嗟に一番近くにいた一匹を狙ってしまった。


 この場の最適解は僕を狙うことだ。他の2匹の武器ではトレントの体はそうそう簡単に傷つけられない。


「オォォォォォォ!」


 僕はらしくない怒声とともに剣を振り上げる。


 視界の端で僕を目掛けて振るわれる枝が見えた。


 その存在を感知しながらも僕は意志の力で剣を振った。



「ギガガガガァァァ」



 硬い音を立てながら刀身が幹に斬り込む。半分に到達したその時、僕の脇腹に内臓を掻き回されるような衝撃が走った。


「ゴバッ」


 思わずよろけた僕にさらなる追撃。


「ギャギィィィ」


 確実に左腕が逝った。


 間脳がドバドバとホルモンを放出している。人間と同じならだけど。あぁ痛え。


 痛みに思考が塗りつぶされていく。気が狂いそうだった。


 やばい。死ぬ。


 族長に締め上げられた時より彼我の戦力差は小さい。しかし、だからこそよりリアルな死を感じる。


 そして……それは唐突に終わった。


「ガカギギギ(@#/_&¥¥¥&@に栄光あれ)」


 それが自分の口から出た言葉だと僕は理解できなかった。したくなかった。


 体が勝手に動いているのはきっと錯覚ではない。


 昏く光僕の体は痛みを無視して剣を振り上げ、ボロボロのトレントに振り下ろした。


 最後の力を振り絞ったトレントの枝が僕に当たる前に今度こそ僕の体はトレントにとどめを刺した。


 力なく倒れるトレントを見ても僕の内側から湧くのは恐怖だけだった。

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