第3章 11 不気味な衣装部屋

 大理石で作られた広く長い廊下をコツコツと音を立てながら兵士と並んで歩いていると、やがて左右の分かれ道が見えた。すると左側の廊下から1人の年配のメイドが音もなく現れた。


「こちらの方をお願いします。くれぐれも失礼の無いように。この方は・・・。」


若い兵士がメイドに言いかけた所、彼女は答えた。


「はい、よく存じております。オスカー様の婚約者であらせられるアイリス・イリヤ様でいらっしゃいますよね?」


「は、はい・・・そうですが・・・?」


何故、この人達は私の顔を知っているのだろう・・?恐らくここは王宮だと思うのだが、ここへ来るのは初めてだと言うのに・・・。


「それではアイリス・イリヤ様、私はここで失礼致します。」


若い兵士は深々と頭を下げると、右側の廊下を歩いて立去って行く。その後ろ姿を見届けていると、背後にいたメイドが声を掛けてきた。


「アイリス・イリヤ様、私どもも参りましょう。どうぞ、こちらへ。」


「は、はい。」


私はメイドの後ろに続くと、彼女は歩き始めた。廊下の左右には大きな扉が等間隔に並んでいる。その扉を見ただけで、いかに部屋数が多いかが見て取れた。

やがてメイドはある一つの扉の前で立ち止まると振り向いた。


「こちらは衣装部屋でございます。どうぞお入り下さい。」


「は、はい・・・。」


衣装部屋・・・?この部屋は客人用の衣装部屋なのだろうか・・・?


ガチャリとドアが開けられると、そこは広々とした部屋でトルソーに着せられた美しい色とりどりのドレスが数えきれないほど何着も飾られている。


「え・・?」


私はこの部屋に入った瞬間違和感を感じた。普通ならドレスは収納箱にいれられているか、ワードローブに吊るして収納されているはずなのに、まるでこの衣装部屋は展示場の様にドレスが並べられている。一体どういうことなのだろう・・?

すると背後でメイドが声を掛けてきた。


「アイリス・イリヤ様。どうぞお好きなドレスをお選び下さい。こちらにご用意しておりますドレスは全て貴女様の為に用意致しました。」


その言葉に私は耳を疑った。


「え・・ええっ?!わ、私の為に・・・?」


「はい、左様でございます。さあ、どれでもお気に召すものをどうぞ。」


まるで仮面が張り付いたかのような無表情のメイドが私には不気味でならなかった。大体私はドレスなど必要としていない。


「あ、あの・・折角用意して頂いたドレスなのですが・・・私が必要なのは今着ている制服なの・・・。どうせなら制服を用意して貰いたかったわ。」


遠慮がちに言うと、メイドは頭を下げた。


「制服でしたら、こちらに用意が出来ております。」


そしてメイドはつかつかとある1つのワードローブに近付くと、ガチャリと開けた。


「!」


それを見た瞬間、私は驚きの余り言葉を失ってしまった。ワードローブの中には女子学生用のアカデミーの制服が何十着も吊り下げられていたからである。


「こ、これは・・・。」


思わず声を震わせて言うと、メイドはくるりとこちらを振り向き、言った。


「はい、全てアイリス・イリヤ様の為の制服でございます。」


私はあまりの事に眩暈が起こりそうになった。頭を押さえながら思わず口に出てしまった。


「一体・・・オスカー様は・・何を考えているの・・・?」


すると、その言葉を耳にしたメイドが言った。


「いいえ、これらを用意されたのはオスカー様ではございません。手配されたのは国王陛下でございます。」


「え・・・?!」


その言葉を聞いた時、私は全身から血の気が引く気配を感じた。な、なぜ・・フリードリッヒ3世が・・・?私の為に・・・?


ドクン


心臓が大きく鼓動するのを感じた。


怖い・・・ここにいるのは危険だ・・。逃げなければ・・・!

先程から感じるメイドの冷たい視線・・・まるで私を絶対にここから逃がさないと言わんばかりの視線だ。

私一人ではとてもここから逃げられるとは思えない・・。


誰か・・・っ!


その時、私の脳裏に先程部屋に飛び込んできたオスカーの姿が浮かんだ。

直感で感じた。あのオスカーなら私の味方になってくれると・・・!


「あ、あの・・・!」


私はメイドに声を掛けた。


「はい、何でございましょう?」


「お・・・お願いです・・。先程怪我を負ったオスカー様に会わせて下さい・・・。あの方が心配でたまらないのです・・・!」


私はメイドに必死に懇願した—。





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