第2章 7 過去の自分と重なる姿

 教室はシンと静まり返っている。生徒たちはオスカーが王族である事を皆知っているので、誰一人言葉を発する事が出来ずにいた。

一方のタバサは青ざめた顔で小刻みに震えながらオスカーを見つめている。


ああ・・・タバサの今の状況はまさに70年前の私の姿と同じだ―。


 70年前の今日、私はタバサに席を交換するように言われた。あの時の私は既にオスカーの隣に座っていた。そこへタバサに手招きをされて廊下まで連れ出され、席替えの提案を受けたのだ。

当時の私はオスカーの隣の席が嫌でたまらず、人知れず学院側を恨んでいた。恐らく多額の寄付をしてくれた王族に気を遣い、婚約者である私をあえてオスカーの隣にしたのは目に見えて分った。

だからタバサから席替えの提案をされた時は嬉しくてたまらなかった。

そこで席に戻り、カバンを持ってタバサが座っていた席へ移動しようとしたときに、突然オスカーが椅子を蹴飛ばしてきたのだった・・・。

今、あそこで震えて立っているべき人間は本来は私だったはずなのに・・・何故か今朝はタバサと私の立場が全て逆転しているように感じる。


一体何故・・・?


私は震える右手にそっと左手を添え・・指輪に触れた。

まさか・・・?全ての現象はこの指輪のせいなのだろうか・・?


その時、黙ってタバサを睨み付けていたオスカーが口を開いた。


「おい、お前・・今、何と言った・・・?」


「で、ですから・・・今日からオスカー様の隣の席になったのでよろしくお願いします・・と・・。」


タバサは震えながらもオスカーに言う。


「何故だ?」


まるで視線だけで射殺せそうな迫力のある目でタバサを睨み付けながらオスカーは口を開いた。オスカーの視線があまりにも怖く、中にはシクシクと涙を流す女子学生達も数名いるし、男子学生達は誰も止めに入ることが出来ずにいる。それはオスカーが王族だからと言う理由だけではなさそうだ。

皆オスカーの視線が怖いのだ。その証拠に屈強そうな身体を持つ男子学生達ですら顔を青ざめさせ、固唾を飲んで見守っている。


「え・・・?何故・・とは・・?」


タバサは小刻みに震えながらも口を開いた。


その様子を見た私はある意味、感心してしまった。彼女は・・・なんて肝の据わった女性なのだろう。今でこそ、70年と言う長く壮絶な人生経験をしてきた私であれば、オスカーの問いに答えられるが・・・当時の私は恐怖の為、何一つ言葉を発する事が出来なかったのだから・・・。

きっと、本来であればタバサのような気丈な女性が王族の妃になるべきなのだろうが・・。

オスカーは再び強い口調で質問を続ける。


「この席はアイリス・イリヤの席だっ!誰の許可を得て俺の隣に座ろうとするんだっ!」


それはまるで教室中がビリビリと震えるのではないかと思われる程の怒声だった。

教室にはいつの間にか新しく担任になった男性教師が入って来ていたが、オスカーの迫力に押されて、何も言葉を発する事が出来ずにいた。


「あ、あの・・そ・それは・・・。」


タバサが必死で目を泳がせ、私の姿を視線でとらえた。


「・・・。」


私は自分の事を巻き込んだタバサを一瞬恨みたくなってしまった。だが、私にとっても他人事では無いし、この場を収められるのは最早自分しかいないだろう。

全く・・・厄介な・・・。

心の中でため息をつきつつ私はオスカーとタバサの前へ進み出た。


「申し訳ございません、私がタバサ様に視力が悪くて黒板が見えないので席を代わって下さいとお願いしたのです。隣の席のオスカー様にご報告せず、申し訳ございませんでした。」


そして頭を下げた。


すると・・・。


「何だ・・そういう事だったのか。なら納得した。視力が悪いなら仕方あるまい。」


オスカーは腕組みすると言った。


「そ、それなら・・。」


タバサは震えながらオスカーを見た。


「お前とアイリス・イリヤが話し合って席替えを決めたなら仕方あるまい。てっきり俺はお前が勝手に隣に座って来たのかと思っただけだ。」


そしてオスカーはタバサから私に視線を移すと言った。


「おい、アイリス・イリヤ。」


「はい。」


「後で話がある。分ったな?」


「分かりました。」


私は素直に頷いたが、内心嫌で嫌でたまらなかった。だが、そんな態度をオスカーの前で取るわけにはいかない。


事が治まったと見たのか、担任教師がようやく口を開いた。


「よ、よし。話も済んだようだから、今からオリエンテーションを始めるぞ。」


教師は気丈に振る舞っていたようだが、その声は微かに震えていた―。

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