第709話 海苔の成功とお店ですが何か?

 ノーエランド王国王都に展開する『おにぎり屋』は、これまでお米が手につかないようにとろろ昆布を使用していたが、海苔の完成により新たな食べ方が提供されることになった。


 当然ながら、とろろ昆布で親しんできた層にとって、黒い紙のような海苔は抵抗を感じるものであったが、バリっと感や水分を吸ってしっとりした味わいもおにぎりに合うことが理解されるのもすぐであった。


 店頭では積極的に海苔を勧めるほか、とろろ昆布も並行して選択できるようにする。


 これにより、楽しみ方を選べることで、客はまたおにぎりの楽しみ方が増え、喜ばれることとなった。


「抵抗感は最初だけだったね。やっぱり、好奇心には勝てないか。はははっ!」


 リューは、その一方で、根強い人気商品である塩おむすびの海苔には、味付きのものを使用することで、特徴を付けることにした。


 これにより、単価の安い塩おむすびにまた、火が付くことになるのであった。



 ノーエランド王都、おにぎり屋本店ビルの外でのこと。


「ノーエランド王国王都で、おむすびは完全に浸透したんじゃない? お米の仕入れを任せているスライ・ヒカリコシは地方にも店舗を作りたいって言っているくらいだし、そろそろクレストリア王国にもお店を出していいのではないかしら?」


 リーンはおにぎりが好きであったから、ノーエランド王国まで来なくても食べられるようにしてほしくて、強く望む雰囲気を醸し出した。


「はははっ、わかったから! ──元々海苔が出来たら、クレストリア王国にも店舗を出す予定だったし、検討するよ。それにココちゃんも好きみたいだしね」


 リューはリーンの圧を感じながら、了承する。


 これにはリーンだけでなく護衛役のスードも喜ぶ。


 どうやら、手ごろで食べやすいおにぎりは、二人共好きなようだ。


 リューはとりあえず店舗をランドマーク本領とマイスタ領内に作って反応を確認しようかなと考えていると、本店の店長がリューに気づいてお店から出てきた。


「お疲れ様です、若。実は折り入って相談が……」


「支店を増やす話かい? ──え? 違う?」


 リューは、丁度お店を増やす話をしていたところだったので、勘違いするのであったが、店長が否定するので聞き返した。


「それもあるのですが、実は、最近、各支店の方にショバ(場所)代を要求する連中がやってきたみたいなんですよ。地元従業員の者達の話によると、それがどうも『豪鬼会』系と『風神一家』系の傘下のチンピラみたいで、近いうちに本店の方にも顔を出すからどちらに払うか考えておけということらしいです。どうしましょうか?」


 店長は、リューの部下であり、クレストリア王国から派遣している職人だから、腕っぷしも強く、脅しには屈しないタイプである。


 とはいえ、ノーエランド王国の店舗はほとんど地元住民を雇用して営業しているので、地元の裏社会の組織に脅されると怯えるのは当然だろうから、リューの耳に直接入れることにしたようだ。


「うちが繁盛しているから、目を付けたんだろうけど……。そうだ、店長。うちは高みの見物させてもらえばいいんじゃないかな?」


「高みの見物……、ですか?」


 店長は、リューの意図することが理解できず、聞き返す。


「うん。ショバ代は、つまり用心棒代ということ。つまり、それを敵組織にも支払っていたら、怒るのが普通じゃない? ならば、両組織にはどっちに支払うのが相応しいのか決めてもらえばいいのさ」


 リューが悪い顔をして告げる。


「ああ! なるほど、そういうことですか! ──わかりました。その方向で話をつけておきます」


 店長もリューのあくどいやり口を理解して、ニヤリと笑みを浮かべる。


「主、何をするんですか?」


 スードは理解できなかったらしく、素直に聞く。


「ちゃんと話を聞いておきなさいよ、スード。早い話、『豪鬼会』と『風神一家』には抗争してもらって、その勝者にショバ代を払うことを検討するって匂わせるのよ。まあ、代理抗争になるのだと思うけど、すぐには勝負もつかないでしょうから、しばらくは相手することもないだろうってことよ」


 リューの考えを察したリーンが、代わりにスードに説明する。


「そういうことですか! ──さすが主、あくどいです!」


 スードは誉め言葉のつもりでそう言う。


 これには、リューも苦笑するのであったが、実際、あくどい手段であるのは確かである。


 両者とも、店舗を沢山抱える大繁盛店のショバ代はぜひとも欲しいところであろうから、こうなったら代理組織同士の抗争も大きなものになりそうだ。


 そうなると、国が目を付けて間に入ることになろうだろうし、そうなればショバ代も有耶無耶になるだろう。


 つまり、リュー達は、一銅貨の損失も出すことなく敵同士に被害を与えることが出来るということだから、これ以上の策はないかもしれない。


 もし、想定外の事態になっても、その時は、ミナトミュラー家の名前でノーエランド王家に相談すればいいし、最悪の場合は、『竜星組』を動かすことになるが、それは多分ないだろう。


 両組織は王都においてすぐに滅ぶような小さな組織ではないから、片方が潰れない限り、争いが終わることはないからだ。


 その辺り、裏社会の人間として、リューもある程度想定はできているので、心配はしないのであった。



 それから、数日後。


 案の定、『豪鬼会』『風神一家』の両者からショバ代を要求されることとなったのだが、


「支払いたいのは山々ですが、どちらに支払えばよいのでしょうか? 両方に払えば義理を欠きますし、片方に払うにしても、それは、強い方に支払いたいのが人の情です。わたくし共では、判断がつかないので、両者で話し合いをしてもらってもよろしいでしょうか? それで決まった時にはこちらも考えさせてもらいますので、よろしくお願いします」


 と店長が相手に怯えることなく堂々と言うものだから、両者も妙に納得して帰っていくことになった。


 そして、ショバ代を要求した両者は、傘下の組織同士で『おにぎり屋』のショバ代について抗争を始めることになる。


 共に、権利を得る為なので、おにぎり屋の近くでの争いはしない。


 売り上げが落ちてはショバ代も集まらなくなるからだ。


 だから、両者は迷惑が掛からない自分達の縄張りで泥沼の抗争を行うのであった。



「店長が上手く話を付けてくれたみたいだし、僕達は他のことに集中しよう」


 リューは報告を聞いて満足すると、縄張りの外での争いは無視して、今はその内側での商売について力を入れるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る