第708話 海苔の完成ですが何か?

 リューはノーエランド王国近海のファイ島にいた。


 当然ながらリーンと護衛役のスードも一緒だ。


 ファイ島は五つの大きな島で構成されているところで、周辺国家の船が移動の際に経由する時に利用されるとても重要な位置にある独立した島である。


 ここでは、近海の海産物が漁によって新鮮な状態で集まってくる場所なので、リューがノーエランド王国訪問途中で寄った際に気に入り、『次元回廊』の出入り口を設置した場所なのだ。


 そこで何をしているのかというと、この島にあるプケル商会への訪問であった。


 プケル商会とはリューがおにぎりに使うとろろ昆布の生産をお願いしたところで、今は、海苔の開発も依頼している。


 今回リューが訪れたのは、その海苔が商品化レベルに達したという報告があったからであった。


「リュー殿! お久し振りですな。港の料亭に伝言すれば、リュー殿に伝わるとは聞いてましたが、こんなに早くお越しになるとは思いませんでしたよ。わははっ!」


 プケル商会長のプケルは、そう言うとリューとの再会を喜んで豪快に笑う。


 彼にしたら、潰れそうであった商会を立て直すきっかけを作ってくれたリューに大きな恩を感じており、今回の海苔の商品化も新たな商会の武器になりそうだと張り切っていた。


「プケル会長も相変わらず元気ですね。──ところで海苔が商品化できたということですが?」


 リューは挨拶もそこそこに、本題に入る。


「ええ。リュー殿の言う通りに作っていたら、お望みのものに近いものが完成しましたよ!」


 プケル会長は胸を張ってそう告げると、従業員に完成した海苔を持ってこさせた。


 お盆の上に黒い紙のような物体が幾重にも重ねられて運ばれてくる。


 リーンは海苔を初めて見るので、ワクワクしていたが、見た目の地味さに少し期待を裏切られたようで、その気持ちもちょっと萎えたようであった。


「リュー、これが海苔なの? 想像していた物と違うのだけど?」


「はははっ! 見た目は地味だけど、これがおにぎりと一緒になると美味しくなるんだよ」


 リューはリーンの正直な反応に笑って応じると、お盆の上から一枚の海苔を取る。


 匂いを嗅ぐと一度頷き、その一枚の紙のような海苔の角を無造作に一口食べた。


 パリッ。


 という軽い音と共に、リューは音を立てて食べる。


「……塩味と甘み、そして少しの苦みと酸味が上品でいいですね。──おにぎり用にはこれで十分だけど、これとは別に、プケル商会の商品として単品で売り出す為に、これにちょっと手を加えようか。──醤油、砂糖、みりん、香辛料などの調味料を使って甘辛い味がする味付け海苔にしましょう」


 リューは、おにぎり用として完成度に合格を出すと、プケル商会の為にもさらに、新たな提案をした。


「「味付け海苔?」」


 プケル会長とリーンが首を傾げて聞き返す。


「うん。この海苔はおにぎり用としては、このくらいが味の邪魔をしなくて丁度いいのだけど、単品で売るとなったら、味が上品すぎてちょっと物足りないからね。ひと手間かけてご飯に合うものにするんだ」


 リューはそう言うと、プケルに先程告げた、醤油、砂糖、みりん、香辛料などの調味料をマジック収納から取り出すと従業員に渡し、作り方を説明する。


 と言っても決まった分量にして混ぜ、それを刷毛で塗り、干して終わりだ。


 今回は、干す時間が勿体ないのでフライパンで火を通して完成である。


 リーンは、その間に、海苔を一口味見をしていたが、あまりその良さがわからないようだ。


 味付け海苔の完成まで、実際におにぎりに巻いたものを商会長プケルやリーン、スードに渡して味見をさせた。


「……やっとリューの言う海苔の良さがわかったわ。おにぎりが手につかずに楽しめてパリパリの食感と海藻のほんのりとした香りがおにぎりの味と一緒に鼻の奥に広がるのがわかるもの」


「これがリュー殿がおっしゃっていた完成形のおにぎりですか! 確かに単品では、味の主張が弱かったですが、おにぎりと合わさることで、食感に特徴をつけることが出来ますね。でも、時間を置くと水分を含んでぱりぱり感が失われますが大丈夫ですかね?」


 商会長プケルは、海苔の良さと弱点もわかっているつもりであったから、その心配をした。


「僕はそのしっとりした状態の海苔も好きなんだよね。楽しみ方についてはそれぞれに任せていいと思うよ」


 リューはプケルの心配も問題ないとばかりに笑顔で応じる。


「それぞれ……。なるほど! つい完成した状態を保つことばかり考えていましたよ。はははっ! ──あ、リュー殿が言ってた味付け海苔ができたようです」


 プケルは従業員にリューが提案した味付け海苔を受け取り、その場にいた全員に配った。


「香辛料の赤が少し加えられただけで、見た目はあんまり変わらないですね」


 プケルが味付け海苔を観察してそう漏らす。


「単品で食べるもよし、ご飯と一緒に食べても美味しいと思うよ。そして、お酒のつまみにもなると思う」


 リューはそう言うと、齧って味見をする。


 そして、続けた。


「うん! やっぱり美味しいや。プケルさん、この海苔はかなり良い出来だから自信をもって!」


 プケルとリーン、スードや従業員達もリューに続いて味付け海苔を齧って味わう。


「あら? これ美味しいじゃない! リューの言う通りだわ。これ、塩おむすびにつかったら丁度いいんじゃないかしら?」


 リーンはぱりぱりと音を立てながら、味付け海苔を堪能する。


 それは、プケルや従業員達も一緒で、自分達の作った謎の食べ物である海苔が、ひと手間でさらに美味しくなったことに満足な笑顔を浮かべた。


「……ただし、この海苔には決定的な弱点があるんだ。これはプケルさん達はすでに分かっていると思うけど……」


 リューが突然、神妙な面持ちで、リーン達に言う。


「そうなの……?」


 リーンがリューの真面目な言い草に、少し、息を呑んで聞き返す。


「リーン、ニッってしてみて?」


「に?」


「うん、ニッ」


 リューはそう言うと、口角を横に広げて歯が見えるにする。


 リーンがリューに言われた通りにすると、その歯には海苔が引っ付き、歯抜け状態に見えていた。


 これには、リーンを慕うスードも思わず、噴き出す。


「ちょっと、何を笑っているの!?」


 リーンが突然笑われたので、不満な表情を浮かべる。


 リューも笑っていたが、マジック収納から鏡を出してリーンに自分の歯を確認させた。


「あっ! ちょっと、リュー! こういうことは最初に言いなさいよ!」


 リーンは海苔の付着により、歯抜けに見える自分の顔に赤面すると、リューに注意する。


 それを見てプケルや従業員達も笑ってその場は和むのであった。

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