第450話 強敵、蜥蜴人ですが何か?

 ルチーナのドスは幹部専用の特別仕様である。


 部下達が捕縛に適した雷系付与に対し、ルチーナのものは、もう一人の彼女、つまり分身を作り出す闇魔法付与だ。


 つまり二人による攻撃が可能になる。


 しかし、相手にしている体力自慢の蜥蜴人族とは相性が悪かった。


 ルチーナの長所は敏捷性と攻撃のバランスが取れた強さだが、この蜥蜴人族の耐久力は化け物じみていた。


 敏捷性ではルチーナの足元にも及ばないが、攻撃は意外に鋭く、さらにはその太い尻尾の先は鋼鉄の塊が付けられ、武器として変則的にルチーナを襲う。


 ルチーナはそれに対して狭い室内では不利と考えた。


 そして、挑発する。


「表に出な、鈍足の蜥蜴野郎ども! 私がお前ら全員片付けてやるさね!」


 そう言うと、ルチーナは部下達に手を出さないように言いつけると、巨体を揺らす蜥蜴人族三人を外に誘い出す。


「俺達三人をその奇妙な分身魔法だけで相手に出来るのか?わははっ!」


「いいぜ、その安い挑発に乗ってやろう!」


「他の部下共も一緒に相手してやるぜ? がははっ!」


 三人の蜥蜴人族は、余裕をもって室内から表に出た。


 通りにはルチーナの部下達も数人いるが、ほとんどは他の流れ者達を拘束する為にその場を離れている。


「おいおい。数が一桁少ないぜ?」


 蜥蜴人族の男は表にルチーナと背丈が低い二人に人としては大きい男が四人しかいない事に呆れて見せた。


「表に出したら一層でかい連中だね、これは」


 ルチーナもこの蜥蜴人族の特別大きな巨体に呆れた。


 蜥蜴人族はその巨体を室内では背を丸めて立っていたのだ。


 それが外に出てまっすぐ立つとその大きさは大柄の部下でさえ、子供サイズである。


 ましてや、部下に紛れて背後に立っているリューやリーン、スードなどは小人扱いだろう。


「若、私の専用ドスの分身とは相性が悪いんで手を貸してもらえるかい?」


 ルチーナは背後にいるリューに応援を頼んだ。


「……わかった。スード、ルチーナと共闘して一人をお願い。あとの二人は僕とリーンで対処するから」


 最初の内はルチーナに全てを任せるつもりでいたのだが、藪をつついたら文字通り大物が出てきた状況だった。


 あのルチーナがこのまま戦うと部下に被害が出る可能性があると危惧して、自分にすぐ応援を頼むのもよくわかる相手である。


「なんだ、俺達は何人人族の連中が掛かって来ても問題無いぞ? というか、俺達相手にわずか四人? それもこっちの二人、さらに小さいじゃねぇか!」


「わははっ!尻尾の一振りで砕けてしまいそうなチビだな!」


「小さい方が、俺とこいつの相手かよ!三秒で終わらせてやるぞ!」


 蜥蜴人族の二人は、覆面姿のリューとリーンを侮り指差すと笑って対峙した。


 ルチーナはスードと分身の三人で一人の巨体蜥蜴人族に向き合う。


「油断大敵という言葉を知らないようだね」


 蜥蜴人族の足元からそんな言葉が聞こえてきた。


 蜥蜴人族はその言葉で、先程まで目の前にいた小さい人族がいつの間にか足下に来ていた事に気づく。


「……動きは思ったより早いようだが、この距離は俺の必殺領域だぜ!」


 蜥蜴人族はその巨体からは想像できない速さでその身をよじるとその遠心力と元々の強烈な力で鋼鉄の塊が先に付いた尻尾が、足元のリューに襲い掛かる。


 その鋼鉄の尻尾の先は躱せるはずがない程のスピードでリューの頭を捕らえて打ち砕いた。


 いや、打ち砕いたように見えた。


 蜥蜴人族の誇るその尻尾攻撃をリューは寸でのところで右手一本で止めていた。


「な、なんだと!? ──う、動かない!」


 止められた蜥蜴人族の男は今までに味わった事がない力を感じて一旦尻尾を戻そうとするが、ピクリとも動かなくて愕然とする。


「……確かにこれは、僕が食らっても怪我する威力だね。大したものだよ。じゃあ、次は僕の番!」


 リューはそう言うと素手で蜥蜴人族の腹部に腰の入った拳を叩き込んだ。


 鈍く大きな音が響く。


 そこには骨が折れる音も混じっていた。


「ぐおへっ!」


 リューの拳を腹部に食らった蜥蜴人族の男は、その体をくの字に折り、吐血する。


 リューはそれを躱すように後方に軽く飛んで下がった。


 蜥蜴人族はその場に膝をついて、意識朦朧としているが、倒れはしない。


「あの拳を食らって、気を失わないって、結構やるわね!」


 リーンがそれを見て蜥蜴人族の耐久性に軽く驚く。


 だが、それも一瞬で、リーンも相手となる蜥蜴人族に刀を抜いて襲い掛かる。


 ちなみにリーン専用のドスはまだ、注文通りのものが完成出来ず、代わりに専用刀が渡されていた。


 蜥蜴人族は仲間が膝を突いた事に驚き動揺したが、リーンが自分に武器を抜いて襲ってきたのでそれどころではない。


 自慢の鋼鉄の塊の付いた尻尾でリーンを迎え撃つ。


 攻撃のタイミングに綺麗に合わせてその尻尾はリーンの頭部を襲った。


 しかし、リーンは寸前で不可能と思える急停止する。


 それどころかその鋼鉄の塊が付いた尻尾にうまく合わせた高速の一振りで斬り落とした。


「ぎゃあー!お、俺の自慢の尻尾が!」


 尻尾の先を斬られた蜥蜴人族の男は大きな悲鳴を上げた。


「斬られたくなかったら、抵抗しなきゃいいでしょ」


 リーンは刀に付いた血のりを振るって払うと、刃先を尻尾を切り落とされた蜥蜴人族に向けるのであった。


 ルチーナとその分身とスードの三人は、蜥蜴人族の男をその素早い動きと的確な攻撃で追い詰めていた。


 蜥蜴人族の男が弱いわけではない。


 その尻尾の攻撃は常人には早すぎて躱せるものではなかったし、必殺の領域にはさすがにルチーナとスードでも思いっきりは踏み込めなかった。


 だから、相手に負わせる傷は浅く、致命傷になっていないから、蜥蜴人族は怯む事は一切なかった。


「いつまでそんな動きが出来るかな? 俺は全然疲れていないぜ? うちの二人が劣勢のようだからな、こっちはとっとと終わりにしようか!」


 蜥蜴人族は尻尾の先に付いた鋼鉄の塊攻撃だけでなく手にした剣をルチーナ達に向けて決着を口にする。


「仕方ないね。私もいい加減、蜥蜴野郎の顔には見飽きたわ。──そろそろ、終わらせるさね」


 ルチーナも蜥蜴人族との間に決着つける言葉を口にする。


「……止めを刺すのは、どちらにしますか?」


 スードが、ルチーナに確認する。


「私と言いたいところだが、この図体の大きさだと、私のドスでは難しいから、あんたに譲るさね」


 ルチーナが蜥蜴人族の男に視線を向けたままニヤリと笑ってスードに任せる。


「了解です」


 スードは短く答える。


 その様子を見て、


「止めどころか今からお前らは俺に殺られるんだよ!」


 と蜥蜴人族はそう宣言すると、二人に襲い掛かるのであった。

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