第425話 過去の追及ですが何か?

 西部の貴族で現在王都に足を運んでいるドイアーク伯爵はランドマーク印の商品の数々を遠い西方で販売する権利について交渉を続けていた。


 ドイアーク伯爵家と言えば、リューのミナトミュラー男爵家の執事を務めるマーセナルがそれより以前に仕えていた地方貴族ニンゼン準男爵の寄り親であり、ドイアーク伯爵の右腕として今回王都について来ている与力のハーメルン男爵はニンゼン準男爵を罠に嵌めたと目される男である。


 マーセナルにとって、ハーメルン男爵は旧主人の仇であると、信じて疑わない。


 なにしろ人が良く素晴らしい人物であったニンゼン準男爵に汚職と謀反の罪で訴え、証拠まで準備したのがハーメルン男爵だ。


 それが偽物である事はニンゼン準男爵の傍にいたマーセナルが一番理解していた。


 だが、あまりに精巧な偽造証拠だけに否定のしようがなく、寄り親であるドイアーク伯爵もそれを信じたという事でマーセナルは失意のうちに帰郷。


 そして、現在はリューの元で執事を務めているのだが、主人であるリューはマーセナルの仇を取って上げたいという思いがあり、交渉期間もずっと情報収集に余念がなかった。


 今日はその何度目かの交渉日であったが、リューの元にはいくつか有力な情報が舞い込んでおり、それを基に父ファーザと共に交渉に臨んでいた。


「──という事で、どうでしょうか?」


 ドイアーク伯爵の執事が、販売の委託権利を得る為にかなり妥協した提案をしてきた。


 ランドマーク家としては、足掛かりのない西部地方にランドマークの名を大々的に広めるチャンスであったから、好条件を提示されて父ファーザも満足気である。


 ちなみにドイアーク伯爵とその執事、そして、与力のハーメルン男爵は未だにマーセナルが罠に嵌めたニンゼン準男爵の元執事という事に気づいていない様子であった。


「リューはどう思う? ここまで交渉を重ねてきて、中々良い条件が引き出せたと思うのだが?」


 父ファーザが同席しているリューに話を振った。


「利益の分配についてはかなりの好条件で良いと思います。──ですが、この内容だと、こちらから西部地方の現地の職人達に技術を供与する事になりますし、契約も毎年、延長交渉が行われる事になるのは、どうかと。この契約だと、技術をこちらから奪ったら翌年には契約を延長せず終了する事が出来る事になります。そこに全く触れないのは、やはり、そういう事でしょうか?」


 リューは彼らにはほとんど利益のない交渉を続けるドイアーク伯爵を胡散臭く思っていたから、契約内容に不備がある事を指摘した。


 商売として自己の利益は最大限確保すべきだし、そこで一歩引いて交渉する事などありえなかったから、リューはずっと他の内容を注視していたのだ。


「……何をおっしゃる、ミナトミュラー男爵殿。こちらはランドマーク伯爵の顔を立てて利益の分配についてかなり妥協しております。その誠意を汲んで頂きたいですな」


 ドイアーク伯爵は自分の執事が答えようとする前に止めると、自らそう答えた。


「誠意ですか?商談の席でそれは必要だと思いますが、それはお互いの利益を確保した上でのことです。聖人君子同士の交渉でもない限り、自己利益を最初から手放す商談がありますか?」


「……ミナトミュラー男爵、何が言いたいのだ!その物言いは我が主に対していささか失礼ではないですかな!?」


 与力のハーメルン男爵がリューの言いたい事を理解して、割って入って来た。


「何もおかしな事は言っていないと思いますよ。それよりも僕としては、そちらの誠意とはかけ離れたやり口が信用できないと思っただけです。それとも過去に嵌めた相手で味をしめてまた同じような事をしようとしていますか?」


「な、何を言っているのだ?」


 ハーメルン男爵には心当たりがあり過ぎたのか動揺した。


「ミナトミュラー男爵には何か誤解があるようだ。寄り親でおられるランドマーク伯爵殿はそうではないでしょう?」


 ドイアーク伯爵は先程まで乗り気であったファーザを引き込むべく話を振る。


 ファーザは、リューが何か考えがあると察すると、「……彼の話を聞きましょうか」と告げて沈黙した。


 ドイアーク伯爵はファーザが感触的にうまく契約が結べると踏んでいた相手だけに、この時初めてその爽やかな面から苦々しい表情を少し浮かべた。


「商談にあたり、ドイアーク伯爵、ハーメルン男爵については多少調べさせてもらっていました。というか、以前からずっと調べていました」


 リューは、手の内を少し明かしてみせた。


「以前から……だと?」


 ドイアーク伯爵は勘で嫌なものを感じたのか、その爽やかで知的な面から余裕の表情が完全に消える。


「伯爵殿は契約において、この数年、毎回盲点となる部分を作ってはそれを利用した手法を好んで各商会等と契約を結んでは裏切って技術を得、利益を生んでいるご様子。自らの与力であったとある準男爵とその家族を死罪に追い込んだ偽造証拠書類作成もそれらで覚えた手の一つでしょうか?」


「なっ!?」


 今度はハーメルン男爵が大きく反応した。


「ニンゼン準男爵をはじめ、その妻、ご子息に至るまで実に素晴らしい方々だったと聞いております。その与力を死に追いやって領地が栄える事になった手法や技術、そして、領地を取り上げるとは……、外道行為もここまで来ると呆れますね」


 リューは十三歳とは思えない雰囲気を醸して告げる。


「どこで、そんな話を……?あれは主家に対する謀反の罪で処罰されたのです。言いがかりは止めて頂こうか!」


 今度は金髪巻き毛、小太りの鋭い目つきをした執事が立ち上がると、主君に代わって指摘した。


「当時の証拠書類とやらを入手、その本物が先日、届きまして。よく出来た偽造。というかドイアーク伯爵のサインは偽造ではなく本物だと、王家の鑑定士から証明してもらいました。つまり、伯爵が偽造書類作成に自ら協力していた事を証明しています」


「あの事件はすでに解決した事。今や関係者もおらず、いまさら証拠書類が偽造と言われても寄り親としてもどうしようもありませんな」


 ドイアーク伯爵は地元の関係者全てを処分したのだろう堂々と開き直った。


「それが最近、上司の伝手を頼って王家に訴えた当時の関係者がいるのです」


 リューは何食わぬ顔で言う。


 上司の伝手とは当然、『王家の騎士』の称号を持つリュー本人の事である。


「当時の関係者……だと?ま、まさか?」


 ドイアーク伯爵は執事とハーメルン準男爵に鋭い視線を送る。


「そちらでは行方不明になっているニンゼン準男爵の元執事がいますよね?みなさんは顔もろくに覚えていないようですが──」


 リューは、そう言うと、マーセナルの横に立って続けた。


「──この男性こそが唯一の当時の関係者であり、証言者である元執事のマーセナルです」


 そう告げてマーセナルを指し示すのであった。

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