第421話 約束ですが何か?
獅子人族ライハート伯爵家のレオーナ嬢のリューに対する再戦の噂はすぐに学園中に広まった。
どうやらその噂を広めたのはサムスギン辺境伯の子息であるルークの下にいる生徒達のようであった。
その噂は、リューが大事な決闘で卑怯な手を使った事から無効であるとし、次はズルが出来ないように、王都にあるサムスギン辺境伯邸の内庭で放課後行われる予定だと、具体的な内容となっていた。
これは明らかに外堀を埋める事で断れない状況にしようとしているのは明らかだ。
それも、対策を練られないようにだろう、再戦は数日後になるとも言われていた。
「うちにはまだ、再戦を申し込まれてないんだけど?というかその内容、こっちの予定無視してるよね」
お昼時の食堂で、リューはランスが持ち込んだ「噂」情報に首を傾げて、不満な顔をした。
「あっちは勇者のお供だからな。何をやっても『正義』になるのさ。それに対するこちらは『悪』の構図になるだろうな。そんな相手に予定なんて聞いてくれないさ」
ナジンが勇者に対する皮肉を込めてリューに同情するように答えた。
「……おっと。噂をすれば」
イバルが食堂の出入り口付近が賑やかになっている気配から、勇者一行の来訪に気づいた。
二年生徒は、今やほぼ王女支持派で固まっている。
とはいえ、相手は学園のみならず、王都で大人気になりつつある勇者一行であったから、二年生とも勇者一行の訪問に浮足立っていた。
「今や勇者一行の、王都内での活躍は有名だよな」
「悪党の大捕り物劇とかだろう?それ俺もいくつか聞いた」
「素敵よね。弱者の為に悪者を討伐するって。まさに勇者じゃない……!」
勇者スキル持ちのエクス・カリバール男爵は、いつもの仲間を連れてリュー達の席にやって来た。
「……何かな?」
リューは極力関わりたくないから、手短に済むように用件を聞いた。
「彼女の頼みを聞いて欲しい」
勇者エクスはそう言うと、背後に立つレオーナに道を譲った。
レオーナが一歩前に出ると、リューの前に立った。
「……私との再戦をお願いしたい。よろしく頼む……」
意外にもレオーナは頭を下げて、下手に出て来た。
これにはリューも驚いたが、だが、正直、その話を受ける理由がない。
というかこれ以上は、争いごとで関わりたくないのが正直な気持ちだ。
「……前回もそうだけど、僕には受ける理由がないんだ──」
リューが断りを入れようとすると、そこにルーク・サムスギンが割って入って来た。
「レオーナ嬢がそちらのズルで敗北したのに対し、こうして恥を忍んで頭を下げてお願いしているのに断ると!?」
「元々、前回も無理やりな決闘だったよね?」
リューは、どうやら前回からずっとこのルーク・サムスギンが策を考え実行してきたようだと感じ始めていた。
「なんて酷い言いがかりだ。そちらも決闘を受けて、正式に行われたもの。それをズルして勝利を掴み、勝ち逃げしようとは」
ルークは前回に続き、また、リューを煽って勝負を受けさせようとする策のようだ。
「あれを正式というなら、勝敗も付いているし、もういいんじゃないかな?ズルしたというけど、レオーナ嬢も君が自慢していた北部の名匠が鍛えた逸品の長剣で勝負を挑んできたから、それに応えてこっちもうちの自慢の一品でもって勝負しただけだよ?それをズルと言いがかりをつける君はちょっと浅ましいよ」
リューはルークの姑息な策を指摘した。
「なっ!……今度は僕に対しての侮辱かい?それなら今度は、武器は用意したものから選んで、平等に勝負すればいい。それなら、純粋に剣技だけで戦えるでしょう。この条件なら逃げないですよね、先輩?──みなさんもこの条件なら良いと思いませんか?」
ルークは煽るついでに周囲のギャラリーに話を振り、巻き込む事でリューの断る道を断つ手段に出た。
そこへ、勇者エクスが前に出て来て、
「レオーナ嬢に汚名返上の機会を与えてくれないか、ミナトミュラー男爵。頼む」
と頭を下げてきた。
この行為にはルーク・サムスギンも慌てて止めに入る。
勇者エクスが頭を下げるのは予想外だったのだろう。
「ミナトミュラー君、受けてやれよ!」
「カリバール男爵まで頭を下げているんだ、さすがにこれ以上はかわいそうだぜ?」
「勇者様相手にさすがに断るなよ?」
遠巻きに見ていた二年生も勇者が頭を下げる姿に同情的になって、声を上げ始めた。
いや、君達、前回からの流れ知ってるよね?
理不尽な流れに呆れるリューであったが、今や人気者の勇者エクスに頭を下げさせて断ると北部貴族を敵に回す以上の結果になりそうだと思い始めた。
「……わかった。それじゃあ──」
リューが、受け入れようとした時、
「リューが相手するまでもないわ。私が相手する!」
とリーンが挙手するのであった。
「何を言っている。部外者は黙っていろ!」
これにはルーク・サムスギンが当然ながら反対する。
引きずりだしてコテンパンにしたいのは王女を悪の道に引きずり込んでいるリューであり、それを懲らしめるというのが、勇者一行の正当な形であると信じているからだ。
「何を言っているの?そっちの剣豪ちゃんは、勇者の次に強いんでしょ?それなら、二年生で二番目に強い私が相手するのが筋じゃない」
もちろん、前回の決闘からの流れを考えると、リーンが代わりに戦うなど、筋もへったくれも無いのだが、これには二年生が盛り上がった。
リーンは二年生に人気がある。
とりわけ普通クラスにおいては、絶大であったから、
「おお!それは楽しみ!」
「私、それ気になります!」
「絶対見に行くぞ!」
と、盛り上がった。
これには、周囲を巻き込んでリューに決闘を受けさせるつもりでいたルークも苦虫を噛んだような表情を浮かべた。
「……私が勝ったら、次はちゃんと勝負してもらえるのか?」
レオーナがリューに真っ直ぐと見つめて問いただした。
「ちょ、ちょっと待て、レオーナ嬢!それでは作戦が──」
ルーク・サムスギンは作戦と違う流れに、止めに入ろうとする。
「恨みっこ無しでいいなら。──まあ、それにリーンが負ける事はないと思うけど……。──勝ったらその時は、僕がまたお相手するよ」
リューはルークのしゃべるのを遮るように話す。
そして、やる気のリーンをチラッと見て一度嘆息し苦笑すると、承諾するのであった。
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