第408話 騒がしい日常ですが何か?

 この日、落ちぶれてしまったボッチーノ、ヨイドレン両侯爵の酒造商会が、立て続けによく名も聞かないダミスターという名の商会に二束三文で買収された。


 ダミスター商会とは『竜星組』傘下のダミー商会の一つで最近若手の幹部候補アントニオに会長を名乗らせているところだ。


 このダミスター商会は北部へお酒を密輸させたり、オチメラルダ公爵家のエミリー嬢の支援をさせて一年生や実家のある北部周辺の貴族情報を入手させたりしている。


 最近活発に動かしている事から、ダミスター商会は表の実績も出来つつあるのだが、ここに来て酒造商会の買収に動いてもらった。


 ボッチーノ、ヨイドレン両侯爵は酒造商会を手放す事を当初渋っていたが、リューが率いるミナトミュラー酒造商会の『ドラスタ』や『ニホン酒』の登場で、大きな被害を被っている。


 ただでさえ大きい施設を持つ商会だけにその維持費で両侯爵の財産は日増しに減っていくから落ち着いて損得の計算させ、毎日交渉を重ねさせたらついに折れた。


 こうしてリューの策略により、ダミスター商会は元大手酒造商会を二つも買収する実績と、その事によって商会としての信用を得る一方、オチメラルダ公爵家からも王都でそれなりの商会としてこちらからも信用を勝ち取る事になる。


 そして、肝心の酒造商会の職人達を丸々リューは獲得する事になり、その人員はもちろんミナトミュラー酒造商会に回す。


 ボッチーノ、ヨイドレン両侯爵が二度と色気を出さないように、買い取った両酒造商会は、職人や人員以外は施設等はバラバラに解体して跡形もなく売り飛ばした。


 前世で言うところの海外投資ファンドのようなやり口であったが、売り飛ばした先は王都酒造ギルドの関係商会だから、ギルドの肥料になった分良心的である。


「王都で大きな力を持っていた両酒造商会が本当に跡形もなく消えて無くなったわね」


 リーンがマイスタの街長邸執務室で、リューの容赦のないやり口に呆れた。


「半端に力を持ったままだと、また息を吹き返す可能性もあるからね」


 リューはニッコリとリーンに答えるのであった。


「こういうところが主を怒らせると怖いところです」


 リューの警護役であるスードが神妙な面持ちで語る。


「なんか人聞き悪いよ?ちゃんと酒樽一つから職人まで無駄なく再利用するんだから健全じゃない」


 リューは軽く怒った素振りを見せて反論するのであった。



「そろそろ夜も遅いからイバル君を迎えに行こうかな」


 リューは日も落ちて時間が経っていたから、そう漏らした。


 イバルは学校が終わると放課後はすぐにリューの『次元回廊』によって、毎日南部地方のエリザの街まで出かけている。


 南部はシシドーに基本任せているが、まだ、地元である交易の街トレドで人を集めているはずだ。


 だからイバルがエリザの街の『竜星組』南部支部まで出かけて、部下達の指揮を執っている。


 リューは『次元回廊』を開くとリーンとスードを置いて迎えに行った。


 一瞬で南部支部に到着すると、怒声と剣の交わる音が真っ先に耳に飛び込んで来た。


 そして、視界にはうちの部下達がイバルの指揮の元、闇の中で月に照らされ、何者達かと戦いを繰り広げていた。


 とっさにリューは近くにいた余所者と思われるチンピラを殴り倒す。


「リュー、すまん!丁度、今、襲撃を受けている最中なんだ!」


 イバルはリューにすぐに気づくと駆け寄ってきて言った。


「敵の数は!?」


「多分百五十ほどかな。うちは事務所に待機していた数が少なくて、数字上では圧倒的に負けているが、敵は大した腕の奴はいないから大丈夫そうだ」


 イバルの言う通り、事務所に詰めているのは、ミナトミュラー家の直属の精鋭達である。


 一人で数人を薙ぎ払う者もざらで、数に物を言わせて襲撃した来た方が、怖気づき始めていた。


「よし、野郎ども!敵はビビってるぞ!」


 イバルがリューと一緒に周囲のチンピラ達を容赦なく殴り飛ばして獅子奮迅の活躍を見せて声を掛けると、元々高かった士気がボスであるリューの登場も相まって最高潮になり、部下達は「皆殺しじゃい!」と、勢いに乗るのであった。


 敵はこの勢いに完全に飲まれると散り散りに逃げ惑う。


 夜という事もあって、闇夜に紛れて逃走を図る者がほとんどだ。


「野郎ども、深追いまでして追うな。罠があるかもしれない。それに後処理もあるから早々に片付けるぞ!」


 イバルが慣れた様子で指示する。


 そう、事務所襲撃を受けた側は、警備隊が駆け付ける前に都合の悪いものは隠さなくてはいけないのだ。


 もちろん、『竜星組』にとって都合の悪いものはほとんどないのだが、この場合、死体や負傷者である。


 あとは、近所住民目撃者の買収などもあった。


 死体は一旦リューがマジック収納で回収、すぐに荷馬車に乗せて積み上げ、幌を掛けて隠すと部下がどこかへと運んでいく。


 その間、約十分程度という鮮やかな手並みである。味方の負傷者はすぐにリューがポーションを出して配り、すぐに治療は完了。


 捕らえたチンピラ達は負傷したまま、これは事務所の奥に連れていかれる。


 そこへ夜とはいえ、まだ寝静まる前だから警備隊の到着が早かった。


「何の騒ぎだ!」


 と隊長らしき人物が、『竜星組』組事務所の責任者に見える大きな体つきで風格のあるイバルの部下に詰問した。


「何の話ですかな?」


 部下はとぼける。


「ここで大規模な喧嘩が起きていると報告があったのだ!」


「喧嘩?ああ、内輪の揉め事のことですかい?見ての通り、今日は宴会をしていて人が集まっていますが、口論はあっても、けが人もなく飲ませてもらってますよ。なあ、みんな?」


「「「おう!」」」


 部下達は話を合わせるように、応じた。


「……確かに見た限り怪我人もいないようだ……。子供も混じっているじゃないか。飲むのは良いが近所住民にあまり迷惑を掛けないようにな!──皆の者、帰るぞ!」


 隊長は警備隊を率いて帰る準備をする。


 そこへ部下が、声を掛けて止める。


「隊長さん、ご迷惑をお掛けしました。今日はこれで部下の方々と飲んで下さい」


 リューの部下はそう言うとお金の入った袋を隊長に握らせる。


「う、うむ」


 隊長は意外に重さのある革袋に困惑したが、断わる様子はなく懐に入れると帰っていくのであった。


「慣れたものだね。──それじゃ、みんな。明日学校があるからイバル君は連れて帰るよ。報告なんかは明日聞くね。後はよろしく」


「「「へい、お任せください!お疲れ様でした!」」」


 部下達はボスであるリューの前で活躍できて嬉しそうだ。


 そして、リューとイバルを全員で整列して笑顔で見送るのであった。

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