第388話 人材確保ですが何か?
春先は何かとイベントがあるのでミナトミュラー商会も繁盛している。
王都の各所で行われるイベントには露店や興行は付き物だし、その中でも特に今売れ行きが良いのがイベントで飲まれるお酒である。
酒造部門は『ニホン酒』や『ドラスタ』の各種高級酒から庶民のお酒まで幅広く扱っているが、どれも美味しいと好評で製造が追いついていない。
王都におけるミナトミュラー酒造商会の比率は現在全体の五割ほどで、他を同じ酒造ギルドの商品が三割を占めている。
残り二割に、密造酒商会のお酒も出回っているが、現在の酒造ギルドの扱う商品の足元にも及ばないから脅かされる事はない状態だ。
一時期、ミナトミュラー商会の酒造部門の酒蔵に他所の職人を侵入させ、味を落とす工作を行おうとしたとある酒造商会があったが、それはリューの歳の離れた貴族の友人であるオイテン準男爵がいち早く情報を入手し、リューの元に報告してくれた事で未然に防ぐ事が出来た。
それからは酒造部門の警備はより一層厳戒態勢になったのだが、その為、人員の採用条件も厳しくなり、時間もかかっているので人手不足になっている。
「うーん。他所で働いていた職人も簡単には採用しづらくなっちゃったからなぁ」
リューは自分の商会の酒蔵で、ランスキー、ノストラ、そして酒造部門の担当者と共に頭を悩ませていた。
「早く製造するには闇魔法持ちの酒造知識のある経験者が必要ですが、その条件に当てはまる人材は他所の酒造商会から引き抜くとか潰れたところから誘って雇う、もしくは闇魔法持ちを一から学ばせ、育てるなどしないといけません」
ランスキーが現状をリューに説明する。
「うちとしては、ベテランを他所から引っ張ってくるのが手っ取り早いんだけど、前回はそれを見透かされてボッチーノ侯爵のところの職人が送り込まれ、酒蔵に薬を盛られるところだった。あれをやられてたら、大打撃を受けるところだったぜ」
ノストラが首を竦めてランスキーの説明の後に続けて言葉を足した。
「オイテン準男爵には本当に感謝だね」
リューは歳の離れた友人に助けられたので恩に感じて何か必要な事があったら言ってくれるように言っていたが、オイテン準男爵は友人の為になったのならそれで充分だと申し出を断っていた。
「オイテン準男爵はよく貴族関係の情報を流してくれますので、うちの部下も報告がスムーズになるように、人を何人か付けさせてもらってます」
オイテン準男爵に助けられたので、もしもの時も踏まえてランスキーは部下を付けている事を報告した。
「うん。オイテン準男爵への恩義の為にも人はこれからも付けておいて」
「へい!」
「それでうちの酒蔵にちょっかいを出したボッチーノ酒造商会への報復だけど」
リューが不穏な言葉を口にした。
「へい。あっちは酒造ギルドから追放で密造酒扱いになりましたから沢山の酒の製造はご法度。ほとんどの商品は廃棄させられ、大きな施設も無駄になっています。維持費もかなりの額になりますから、ほっといても破産しますな」
ランスキーがボッチーノの現状をリューに伝えた。
「だからこそ、そこの職人をうちで採用したいんですが、前回の事があるので困っています」
酒造部門担当者が人手不足が深刻とばかりに溜息を吐いた。
「そこでだけど。ボッチーノ酒造商会を買収しようかと思ってるんだ」
リューは、驚く提案をした。
「え!?若!あいつらに金を支払うので!?」
「あそこは侯爵家としての信用も失って貴族社会でも降爵を囁かれているくらいだからね。何もしなくても没落するけど、沢山あった財産も酒造商会の維持費だけで多額のお金が毎日消えていっているはず。それなら売り飛ばして処分したいだろうから、うちに手を出した前回の報復で二束三文で買い叩こうかなと」
「……なるほど。買収する事で、もう酒造関係で日の目を見る事は二度とないと諦めさせつつ、力関係を示すわけか……。若も人が悪いねぇ」
ノストラはリューのやり方が気に入ったのかニヤリと笑う。
「ですが、うちに素直に売り渡しますかね?あっちだって腐っても上級貴族。若に素直に売り渡すくらいなら潰すかもしれません」
ランスキーがもっともな意見を言った。
「そこは竜星組に動いてもらうから。傘下のダミー商会に買収させるよ。それをすぐに解体して施設等は細かくして売り飛ばし、人材だけはうちの酒造部門が頂く。これで表向きミナトミュラー商会はボッチーノとの間の醜聞も無く、人材不足が解消されるわけ」
「なるほど。他所から見たらうちは漁夫の利を得ただけになりますね。マルコに早速、準備させます!」
ランスキーは待機していた部下に声を掛けると、マルコの元に走らせるのであった。
「俺も『闇組織』、『闇商会』と、そっち方面はやってきたが、若は相当手馴れていやがるな。あははっ!」
ノストラは自分の仕えるボスの性格の悪さを褒めるのであった。
こうして半月後にはボッチーノ酒造商会は王都から完全に消滅する事になり、続けてヨイドレン酒造商会も同じ手口で買収され解体される事になる。
その時になってミナトミュラー男爵が裏で糸を引いていたのではないかと、ボッチーノ、ヨイドレン侯爵両者の脳裏を過ぎるのであったが、証拠はなく、あったとしても後の祭りであったが、それはまた後の話。
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