第386話 カタギの第一歩ですが何か?

 ラーシュは王立学園の学生寮にいた。


 祖父は王都内に部屋を借りてやると言ってくれていたが、それは断った。


 なにしろ祖父は王都の裏社会で大きな勢力である『竜星組』に抗争を吹っ掛けた西部地方の裏を牛耳る聖銀狼会の会長である。


 そんな祖父に頼ると竜星組との間に交わされた約束に反する事になる。


 聖銀狼会が王都進出の野望と復讐を果たそうとした。


 その時に先兵を率いていた大幹部の下、参謀として兵隊を動かしていたのが自分であったのだが、返り討ちに遭い捕縛され、大幹部はその責任を問われて王都警備隊に引き渡された。


 だが、ラーシュは交渉の末、裏社会から足を洗う事を条件に命を助けられたのだ。


 これにはラーシュも驚いた。


 どうやら、『竜星組』の上層部、大幹部マルコ、もしくはその上、まだ名前さえ知られていない組長にラーシュが聖銀狼会会長の孫だと気づかれていたようだった。


 覚悟を決めていたラーシュにとってこれは屈辱的であったが、いざ、足を洗う事になってみると、一気に世界が広がるのを感じた。


 ラーシュにとって聖銀狼会会長の孫という肩書があったから、いつの間にか自分はそっちの道で生きて行くものなのだと思い込んでいたのだ。


 周囲もそういう扱いだったから何も疑問を持っていなかった。


 西部地方は国境を接する隣国との争いから治安が良いとは言えない場所が多く、地元以外の軍関係者、傭兵等、余所者も沢山入ってきている地域であった。


 それら余所者のゴロツキを放っておけば気づかないうちに徒党を組み悪さをするからそれを抑える為に『聖銀狼会』の元となるグループが出来たのだと聞いている。


 当時はだから、地元の武闘派グループの顔役として、名を馳せたらしい。


 だが、ラーシュが物心ついた時には、すでに聖銀狼会の悪名は裏社会では有名であり、その孫ともなると誰もが震え上がった。


 聖銀狼会の報復の徹底ぶりは有名であったから誰もその関係者に手を出す馬鹿な真似をする者はいなかったのだ。


 ラーシュはそんな世界で会長の孫として扱われて育っていたから仕方がない事であったが、そこから急に足を洗ってカタギとして生きる事を求められた。


 祖父も『竜星組』との約束だから、孫が足を洗う事を承諾した。


 孫の命を助けられたのだから反対はない。


 ラーシュの両親も聖銀狼会関係者だから、ラーシュは離れて生活する事にした。


 足を洗うという事はそういう事だからだ。


 ラーシュはまず、前髪で覆っていた目元をカットした。


 それから地元学校へ復帰した。


 一応、学生という肩書があったからだ。


 元々勉強は出来たから、カタギになった以上、ちゃんと学校を卒業しておこうと考えた。


 だが、地元の学校に復帰すると生徒やその親御、学校の教師達はラーシュの扱いに困る。


 当然ながら足を洗ってもあの聖銀狼会会長の孫である事実は変わらない。


 そこで、ラーシュは一念発起して自分を誰も知らない学校、それも行くなら一番の学校に通う事を選んだ。


 聖銀狼会どころか裏社会の関係者がいないようなところ、それが王立学園であった。


 ラーシュは地元の学校からは必要な書類を作成してもらった以外は全て実力で編入試験を受けて王立学園の狭き門を潜り抜ける。


「ボクは……、私はやればできるんだ!今日から私を誰も知らない地で一からやり直し、各地を巡る大商人になる!」


 とラーシュは誓ったのであった。


 始業式で他の生徒達と並んだ時など、誇らしい気持ちで一杯であった。


 担任の先生からも、「ラーシュさんは好成績でしたからクラスも王女殿下もいる特別クラスです。これから頑張りましょう」という言葉をもらった時は、自分が本当にカタギになったのだと嬉しくなった。


 王女と同じクラス?そんな世界があるのか?と、内心興奮したものだ。


 だがラーシュはそんな気持ちを表に出さず、自分のクラスに向かった。


 最初が肝心だからだ。


 目立たず、地味になり過ぎず、ちょうどいい塩梅の自己紹介をして自然と他の生徒達と仲良くなる。


 これが出来れば、王立学園での生活もバラ色のはずだ。


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。


 手打ち式で見かけた『竜星組』大幹部マルコの小間使いの少年が、同じクラスだったのだ。


「そ、そんな……」


 ラーシュは愕然とする。


 誰も自分を知らない学校でカタギとして無難に再出発する予定だったラーシュにとって、自分の正体を知っている者がいたのは計算外だったからこのショックは大きかった。


 だが待て。様子を見るとあちらも同じ様子だ。


 これは交渉次第ではお互いの領域を犯さずに学園生活が送れるかもしれない。


 実際その小間使いの少年、リューとスードは裏社会の事について学校では触れてほしくないらしい。


 それは自分も同じだったから、交渉は簡単だった。


 それどころか自分達のグループに入れてもいいという。


 最初、監視の為かとも思ったが、そのグループにはエリザベス第三王女殿下も含まれているというからどうやら違うようだ。


 そんなグループに聖銀狼会会長の孫を入れるリスクの方が高いはずだからだ。


 まだ、あちらもこっちもその件については保留になっているが、下手に出て入れてもらった方が良いだろう。


 カタギとしてやっていく為にはカタギの人脈が必要だ。


 それが王女やその周囲の関係者なら最高のはず。


 ラーシュはカタギとして将来、大商人になる為に、リューはともかくとして、隅っこグループに入れてもらうべく接近するのであった。

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