第369話 集合しましたが何か?

 王女一行は数日間滞在していたトレドの街を発ち、今回の最終目的地である旧侯爵家領都であったエリザの街に向けて出発した。


 エリザの街まで二日の道程であったから、途中、道なりにある村で宿泊する事になった。


 そこにはリューの部下であり同級生であるイバルの姿があった。


 今回の旅においてリューの命令でミナトミュラー家の精鋭を率いてイバルが王女一行の行く先々を先行して進み、情報収集や危険を排除する役目を担っていたから、ここで現れるとはリューも思っていなかった。


「イバル君、どうしたの? てっきり最終目的地のエルザの街かその手前で待っているのかと思っていたよ」


「本当は、次の村で合流するつもりでいたんだが、すまないリュー。トレドの街でリーンが負傷したのだろう? 部下から報告が来て急いで来たんだ」


「もう、報告聞いたの!?」


 昨日の夜の事件である。


 その報告に走った部下は二日の距離を昼夜問わず走って知らせた事になるからだ。


「王女一行が進むところには馬を用意してすぐに連絡が出来るように準備はしていたからな。部下が『姐さんが負傷!』と、死にそうな顔で報告して来たから、俺も慌てたよ。あそこの街の裏社会のボスについては、大きい組織だから今回はリューの命令なしで動かない方が良いだろうと、放置したのが誤りだった。本当にすまない!」


 リーンは王女の傍にいて、直接謝れないからイバルはリューに謝罪した。


「大丈夫だって! ただのかすり傷だったから傷も残らず治療できたよ。それにボスは捕らえたから、あとは駆け付けた部下に任せたし」


 そう、リューはチンピラ達は領兵に任せたものの、ボスの男に関しては現地にいたイバルの部下に任せていたのだ。


「それも連絡を受けている。後からこっちに運ぶはずだが、どうする? 拷問して配下組織の情報を全て吐かせるか?」


 イバルが怖い事を口にした。


 今回はこれ以上の失態は許されないと非情に徹するつもりでいるようだ。


「拷問は止めておこう。ボスの男には後でじっくりと僕が話してみるよ」


 不意打ちに近い武器での攻撃とはいえ、リーンにかすり傷を負わせたほどの男である。


 リューも少し興味があるようであった。


「……わかった。それではエルザの街まで運んで会える準備をしておくよ」


 そう答えると、イバルは背中を向ける。


「ちょっと、イバル君。後は部下に任せて、一緒にエリザの街までゆっくり行こう。リーンやリズ、ランス君にも会っておこうよ」


「だが今回、俺は裏方に徹すると決めていたんだが……」


「それはわかるけどさ。エリザの街については何か問題はありそう?」


「いや、エラソン辺境伯派閥の面々や、南部のもう一つのダレナン伯爵派閥の面々が王女殿下が到着するのを待っているくらいかな。ランドマーク本家はどうするんだい?」


「エラソン辺境伯、自領に帰ったわけじゃなかったのか! それにしてもダレナン伯爵派閥も一緒なのか。──お父さんは『次元回廊』で当日呼ぶから大丈夫かな。それにしても南部の派閥はやっぱり王家直轄領にも間者を送っているんだね」


「元侯爵派閥領だからな。俺も今回調べてみたけど、中々面白かったよ」


「へー。何が?」


 イバルが楽しそうにしているので興味を持った。


「間者同士での潰し合いに始まり、旧侯爵の元与力達が不穏な動きをしていたから、それを潰したりしてたのさ。裏社会についてはリューの言う通り、今回は放置しているけどな。元侯爵家と深い繋がりがあるから潰しておいた方が良さそうだけど」


「イバル君、裏で大活躍じゃん! はははっ! ──そうか、それも含めてトレドの街のボスとはよく話した方が良さそうだね。あ、リーンとリズ、ランス君が来たよ」


 リューは笑ってイバルの話を楽しむと、こちらにやってくる王女リズ達に気が付いた。


「コートナイン君、久し振りね。こちらに来ているのに全く会わないからどうしているのかと思っていたのよ。リュー君に聞いても知らないって言うし」


 王女リズはイバルに気づいて声を掛けた。


「……王女殿下とリューはこの旅で結構距離を縮めたみたいだね。はははっ」


 イバルが、笑って指摘する。


 リューが王女殿下をリズと呼び、王女殿下がミナトミュラー君からリュー君に変わっているのに気づいたからだ。


「友情を深める事が出来た、とリーンさんとそれを話していたところよ。コートナイン君、いえ、イバル君も私をリズと呼んでくれると嬉しいわ」


「……平民の俺が王女殿下を愛称で呼ぶのは恐れ多い事ですが、……わかりました。場をわきまえた上でなら呼ばせて頂きます。リズ……様?」


 イバルは元公爵家の嫡男だから礼儀にはうるさいというか、染みついているものがある。


 ましてやイバルはコートナイン男爵家の養子になってはいるが、学校卒業後はそこからも籍を外し、平民になってリューのところへ就職が決まっているから王女相手の口の利き方には気を遣うのであった。


「リズ、イバルにも慣れが必要だから今はこれが精一杯よ」


 リーンが傍でそう指摘する。


「そうだぜ。スードなんかはずっと一緒なのに、イバル以上に硬いままだからな。リズの求めるようには早々うまくいかないさ」


 今回従者として従っているランスが王女リズに対して一番配慮した言葉遣いをしなければいけないのだが、その辺はいつもの通りである。


「自分は主の部下なのでその主君筋にあたる王女殿下をそのようには呼べません!」


 スードは、そう言って否定する。


「それを言ったら、私もリューの従者だし、イバルも部下なんだから大丈夫よ」


 リーンが胸を張って答えた。


「何が大丈夫なのかわからないけど、みんな学校の友人なんだから、公式の場以外でのこういう時くらいは名前や愛称で呼んでいいと思うよ」


 リューは、リーンの無茶苦茶な論理にツッコミを入れつつ、イバルとスードにもリズを愛称で呼ぶ事を勧めるのであった。

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