第367話 意外に手強いですが何か?

 リーンと護衛役のスードはその場ですぐに剣を抜いた。


 相手はエラソン辺境伯相手に身代金を要求しようとする程の連中である。


 命知らずなのは確かだろうから、その意味でも警戒した。


 ボスからの命令にチンピラ達は、マジデールとゴーマス男爵を運ぶ手を止めると、急いで武器を構える。


「スード。後ろの連中はあなたに任せるわ。私はこの前のボスと手下達を引き受けるから」


「それはズルいです、リーン様!」


 スードもボスと手合わせしたかったのだろう、不満を漏らした。


「二人共、時間が掛かるようなら僕も参加するからね?」


 リューは、一応、リーンとスードの獲物は取らない立場のようだ。


「舐めた口を聞く餓鬼どもだな。お前ら容赦はいらねぇ。このガキ三人は切り刻んでいいぞ」


 ボスの男は手下達にそう命令すると自分も得物である鎖付き分銅を手下から受け取った。


 面白い武器を持ってる!


 リューはボスの武器に反応すると、リーンとスードに任せると決めた事を少し後悔するのであった。



 マジデールは目隠しと猿ぐつわをされて自由を奪われ、どこかに運ばれようとしていたが、そこに悪者のボスの男がミナトミュラー達を殺す様に命令する声が聞こえてきた。


 自分は地面に落とされて、一瞬息が止まるほど痛かった。


 そのはずみで目隠しがずれた。


 そこには、ミナトミュラーの腰巾着のエルフと自分と同じ歳くらいの少年が剣を抜き、チンピラ相手に圧倒的な力で戦っている姿が映る。


「む、ぐぐっ!(つ、強い!)」


 リーンとスードが剣を振る度に、チンピラ達から血飛沫と悲鳴が上がり、戦闘不能に追いやっていくのだ。


 マジデールはこれほどの腕を持つ剣士を知らなかったから、目を見開いてその挙動を見守る。


 肝心のミナトミュラーは全く動いていなかった。


 足がすくんで動けないのかもしれない。


 エルフと少年剣士に全てを任せ、動けないミナトミュラーの姿だけが縛り上げられた自分のみじめさを忘れる事が出来る光景であった。



 もちろんリューは、足がすくんで動けないわけではない。


 二人の獲物を横取りしないように動かないだけであった。


 チンピラ達はあっという間に無力化され地面に倒れていく。


 ボスの男は、意外にもその光景に眉一つ動かす事なく、じっと様子を窺っていた。


 そして、次の瞬間、手にしていた鎖付き分銅を戦っているリーンに向かって投げ放った。


 思わぬ飛び道具での不意打ちに、分銅が直撃したのかリーンの頭がのけ反った。


「リーン様!」


 スードがそれに気づいて慌てて声を掛ける。


 だが、リューは動揺していない。


 そう、リーンは直撃を避けていたのだ。


 だが、そのこめかみからは血が流れている。


「そういう使い方をする武器なのね?油断したわ」


 リーンは血を袖で拭うと、そのタイミングで斬りかかって来たチンピラを斬り捨てた。


 少し、怒っているようだ。


 それは、相手に対するものか、それとも油断していた自分に対するものかはわからないが、こめかみがピクピクしているのがわかる。


「あ……。ボスの方、逃げて……。絶対に痛い目見るよ……」


 リューはリーンが怒っているのを確認して、聞こえない声でボスに警告するのであった。


「俺の一撃必殺の攻撃を、よく躱したな。だが、これはどうだ?」


 ボスの男は分銅を目の前で足元付近までだらんと垂らした。


「?」


 リーンが意図がわからずにいると、次の瞬間、ボスの男はリーン目がけて足元に垂らしたその分銅を蹴り上げた。


 またも不意打ちの様な攻撃だったが、今度はリーンも完全に見切っていた。


 また、顔を目がけて飛んできた分銅を今度は目で追いながら紙一重で躱す。


 そこへ、もう片方の分銅が付いた鎖をリーンの斜め前にいた手下のチンピラに向かって横殴りに投げた。


 するとチンピラを軸に鎖付き分銅が変化して、分銅部分がリーンを襲う。


 変化攻撃の軸に使われたチンピラは鎖の衝撃に腕が折れてその場で悶絶する。


 だが、これもリーンは見切って躱した。


「面白い攻撃だけど、味方を犠牲にした攻撃は頂けないわ」


 リーンはボスの男は早めに仕留めた方が良いと考えると、一気に距離を詰め、その剣でボスの男に突きを繰り出した。


「普通はそう考えるよな?」


 ボスの男はリーンが距離を詰めて攻撃してくるのも計算の内だったのだろう。


 手繰り寄せた分銅を目の前でぐるぐると回してその突きを跳ね飛ばした。


「やるわね?」


 リーンが、感心する。


 相手はこの武器での戦い方に相当慣れているのがわかったからだ。


 それに、今ので跳ね飛ばされた自分の剣先にはひびが入ったのが感触でわかった。


「俺がどれだけ腕の立つ剣士を血祭りにあげてきたと思っていやがる。南部の裏社会で俺を知らないのは俺に名前も聞かず殺された奴くらいだぜ」


 ボスの男は、大言壮語を吐くだけの腕が確かにある。


 リーンがここまで手間取るのは、魔境の森での上級魔物の相手以来だからだ。


「リーン、次で終わらせないと僕が代わるよ?」


 リューがそう宣告すると、「嫌よ。私がやるに決まってるじゃない!」と、リーンは少しを頬を膨らませ駄々っ子の様な姿を見せた。


 緊張感のないやり取りであったが、それだけで十分であった。


 次の瞬間、リーンがその場から消えたように見えた。


 それは、ボスの男からの視点だ。


 リューには目で追えたのだが、リーンはボスの男がくるくると回す鎖付き分銅さえもかいくぐり、ボスの男に接近、ゼロ距離でボスの男脇腹に剣を突き刺していた。


「なっ!?」


 ひびが入っていた剣はその衝撃で剣先が折れる。


 ボスの男は、その動きに驚愕し、脇腹に走るあまりの激痛に膝を突いた。


「良かったわね。剣先にひびが入ってたから、致命傷になるほど深く刺さっていないと思うわ」


 リーンにそう告げられると、ボスの男の視界は暗転し、その場に倒れるのであった。

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