第335話 早速、忙しいですが何か?

 休みの初日、リューは王宮の一室にいた。


 その部屋には、最近、顔を合わせる事も多い馴染みの官吏もいた。


「──そういうわけでして、前回確認しました通り、今日、明日と忙しくなりますが、よろしくお願いします」


 官吏がリューに今回の仕事の最終確認を行う。


「わかりました。父はすでに、あちらで歓迎式典の準備を整えていると思いますので、それも確認して頂けたら幸いです」


 リューも心得たとばかりに頷いた。


 その背後にはリーンと、スードが立っている。


 リーンと違い、初めての王宮という事で、スードは緊張してガチガチであった。


 そんな中、部屋にどかどかと一人の騎士風の若い男が入って来た。


「官吏、そっちに座っている小僧がミナトミュラー準男爵か?」


 横柄な態度で官吏に確認を取る背中に大きな盾を背負った騎士が聞いてきた。


「これは、ダンテ・ヤーク近衛隊長。もう、準備は終えられましたか?」


 官吏は、騎士の質問に挨拶と確認で無視した。


「だから来たのだ。それより、それが今回の重要な役目をするという小僧か?」


 ヤーク近衛隊長はじろりとリューを睨んで再度確認を取る。


「ちょっと、あんた。うちのリューに対して態度悪いわよ」


 リーンが、ヤークの態度にムッとして注意する。


「従者は黙っていろ。俺は、ヤーク子爵だ。下級貴族にどんな態度を取ろうが関係ないだろうが!」


 リーンの言葉に今度はヤークがムッとして言い返す。


「ヤーク近衛隊長。そのエルフの女性は、先の大戦の英雄であるリンデス殿の娘さんです。あなたも十分失礼ですよ」


 官吏が、ヤークの態度を注意した。


「あのリンデス殿の!?──ともかく、その小僧は準男爵なのだろう。俺は子爵、ならば立場は俺が上だ。それよりも、俺は王家を守護する近衛騎士団、5番隊隊長の身。今回の重要な任務において、一番危険な可能性があるこの小僧の能力を確認しておく義務がある」


 ヤークは、自分の失礼は言葉を濁して誤魔化すと、本題に入ろうとした。


「ちょっとあんた!リューに謝りな──」


 リーンが、ヤークの態度に怒りを見せて追及しようとしたところ、リューがそれを遮った。


「まぁ、まぁ、リーン。落ち着いて。僕は気にしてないから大丈夫だよ。それで確認とは?官吏のみなさんや王国騎士団のみなさんとの打ち合わせで、安全性は確認していますけど?」


 リューは、自分の『次元回廊』の安全性について答えた。


 そう、リューは今回、南部の王家直轄地に表敬訪問に訪れる王家の人間を案内するべく指名されたのだ。


 なにしろ南部の王家直轄領には王都から1か月はかかるところを、リューの『次元回廊』なら、ランドマーク本領まで一瞬でいける。


 そこから王家直轄領なら一週間とかからない。


 王家にとっても負担が少なく、南部に王家の威光も示せるという一石二鳥なのだ。


 そういった事から今回、リューに白羽の矢が立って、道案内役として王家の視察に同行する事が決まったのだった。


「近衛騎士団はそれを確認していない。だから信用できないと言っている」


 ヤークは、どうやら、難癖をつけて今回の主導権を握りたいのかもしれない。


 なにしろ今回、ランドマーク家からは、長男タウロがランドマーク家の代理として同行する事になっている。


 さらに、春休みという事で、次男ジーロが帰って来ており、直轄地までの道すがら、立ち寄る事が決まっている旧モンチャイの街、現シーパラダインの街の魔法士爵として王家を歓迎する予定になっている。


 兄弟三人の見せ場がある一大イベントなのだが、ランドマーク家の人間ばかりが目立つ旅でもあるので、王家を護る近衛騎士団の存在を知らしめて、ランドマーク伯爵家へけん制する意図がありそうだ。


「それでは、すぐに確認してもらいましょう。──僕の手をお取り下さい。一瞬で南東部のランドマーク家までお連れしますので」


 リューは、ヤークの態度を一切気にせず、手を出して見せた。


「私に何かあったら今回の王家の視察団の護衛する隊を誰が指揮するのだ!──おい、入ってこい!」


 ヤークはリューの手にたじろいで、外に待機する部下を呼び寄せた。


「おい、お前。この小僧と共に、あちらの確認をしてこい」


「わ、私がですか?」


 近衛兵は上司であるヤークの指示に少し、動揺した。


 だが、近衛騎士団の誇りもある。


 差し出すリューの手をじっと見つめると、ええい、ままよ!とばかりにリューの手を握った。


「じゃあ、行きます。一瞬ですよ」


 リューがそう言うと、リューと近衛騎士は次の瞬間その場から消え失せていた。


「ば、ばかな!?これが『次元回廊』!?」


 ヤークは、一瞬で消えた二人に、驚き、息を呑むのであった。


 そして、一分も経たないまま、二人が戻って来た。


 近衛騎士はリューの手を強く握ったまま、元の部屋に戻ってきた事に呆然としている。


「……ど、どうであった?」


 ヤークが、部下に確認をする。


「確かに、一瞬ではるか遠くに飛んだようです。あちらでは歓迎式典の準備が整えられている最中でした。──これは凄いです……」


 部下は、リューを見つめながら感嘆した。


「……安全なんだな?」


 ヤークは確認する。


「はい、何ともありません。報告書通り、安全だと思います」


 部下は、リューの手を握っていた手を離すと、強く頷いて保証した。


「そ、そうか。ならばまず、今回任務に就く俺の部下半数を先に現地に送り安全の確保をする。それから、明日、残り半分と王家の方と関係者を運んでもらう事にする。数が多いができるな?」


 少しリューを認めてくれたのか、それとも敵に回したらいけないと思ったのか、態度が少し軟化した様だ。


「はい、早速、近衛騎士団の半数をお送りしましょう。すでに待機しておられるんですよね?」


「も、もちろんだ。広場に待機している。それでは行こう」


 ヤークは冷静に対応するリューの雰囲気に多少吞まれながら、自分の部下が待機する広場まで案内するのであった。

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