第309話 人力タクシーですが何か?
ランドマーク商会では、ある部門が作られ、着々と一つの計画が進んでいた。
それが、人力タクシーである。
それとは別に、三輪車による軽運送業部門も設立。
こちらはすでに運用を開始している。
話を戻し、とある日。
ランドマークビルの前で、人力タクシー部門の運用開始式が行われた。
この日は、父ファーザの姿は無く、レンドが責任者として開始発表を行っていた。
父ファーザはランドマーク本領での問題について出払っていたから仕方がない。
「──それではランドマーク人力タクシーの運用を開始します!」
ランドマークビルの管理者であるレンドは慣れない表舞台に緊張した面持ちながら無事開始宣言を行った。
横にはリューがいたのだが、次の台詞をまさかこの少年が教えていたとは誰も思わないのであった。
開始宣言がなされると、人力タクシーは各所に散っていく。
まずは人々の目に触れ、認知される事が重要なのだ。
そこで、物珍しさからこのイベントを眺めていた人々を乗せて走るデモンストレーションも行われた。
「馬車と違って小さいが、大丈夫か?」
「二人乗ると限界だけど、馬が無くて大丈夫なのかしら?」
商人風の男性は奥さんと二人、屋根のある三輪車の後部座席に乗ると、不安そうにした。
「それでは出発します。この周辺を一周しますね」
運転手はそう告げると、三輪車のペダルを軽く踏み込み回転させ始めた。
ミナトミュラー製三輪車は魔石を動力とするアシスト機能が付いた三輪車なので、運転手の軽く踏み込む力ですぐに加速し、馬車よりも速いスピードを出す。
「おお!?」
「え?」
夫婦は人力とは思えぬ加速に驚いた。
王都の道は広いので前の馬車を抜く時は隣の車線に入り、三輪車は悠々と馬車を追い抜いていく。
「このタクシー?という乗り物は馬車よりも速く走るのか!」
「あなた、これ買えないのかしら?」
「どうなんだ君?この三輪車は販売しないのかね?」
夫婦は商売の可能性をすぐに感じたのだろう、運転手に問い質す。
「この三輪車は、ランドマーク商会の専売特許ですからね。販売は当分先かもしれないですね」
運転手はそう答え、周辺を一周してランドマークビル前に戻ってくると、速度を落として停車した。
「またのご乗車をお待ちしております」
運転手はそう言って、夫婦に下りて貰う。
夫婦は興奮冷めやらぬ様で、しきりに、
「これは乗ってみないと損だ!」
と、周囲で興味津々に眺めている人々に薦めるのであった。
「じゃあ、次、俺が乗る!」
「おいおい、先に並んでいたのは俺だぞ?」
「さっきまで、馬車に比べたら小さいって文句言ってただろう?」
「それとこれとは別だ!」
と、順番争いが起きる一場面はあったが、すぐに追加の人力タクシーが用意され、乗車会はスムーズに行われる事になった。
「盛況みたいだね?」
リューがレンドに確認する。
「リュー坊ちゃん、これからですよ。実際、お金を出して目的地まで乗る人がいるかどうかで今後の成功の有無がかかってきます」
レンドは、商売人としてまだ、慎重な姿勢を崩さない。
確かにレンドの言う通りだ。
今は、乗車会という人力タクシーの自己紹介なのだ。
お金を出して乗るかと言われて、頷く人がどのくらいいるかは別問題であった。
「よし、じゃあ……。──この中で、自宅まで送って貰いたい方おられましたら人力タクシー運用記念として半額で送り届けさせて貰います!」
リューが見学している人々へ声を掛けると、新し物好きな人はどこにでもいるもので、
「よし、じゃあ、送ってくれ!お金を出して乗るなら職場まで頼む!」
と、男性が前に出て来て告げた。
どうやら、仕事に行く前にこのイベントが気になって見学していた様だ。
「毎度あり!──運転手さん、この人を目的地まで送って上げて!」
リューは、答えると待機していた人力タクシーの運転手に告げた。
こうして、ランドマークビルの前から第一号のお客さんを乗せて、人力タクシーは出発していくのであった。
「俺も、そろそろ仕事に行かないとマズいから頼む」
「私も!」
意外にみんな仕事あるのに、見学してたのね?
リューは、内心呆れるのであったが、そういうお客さんを早く届けてこその人力タクシーである。
すぐに運転手達にお客さんを乗せて出発させるのであった。
こうして、半額ながら順調な滑り出しで人力タクシー業は開始された。
しばらくすると、運転手達が戻ってくる。
三輪車だと、馬車では通れない狭い道も通れるので近道をして目的地まで送り届けるのだが、お客の感想の確認をすると、概ね好評の様であった。
感想の内容として、早い、便利、乗り心地が快適、そして、静かだという予想外の感想もあった。
馬のいななきや、馬蹄の音がないから静かに職場に行けたのが良いという。
乗合馬車よりも料金が高いから毎回利用はできないが、目的地の前まで送り届けてくれるので、急いでいる時、自分が楽をしたい時は今後も利用すると、嬉しい感想を貰えたのであった。
悪い感想としては、やはり狭いという事だった。
ランドマーク製馬車を持つ者にしたら、その快適さを知っているから、狭い人力タクシーにはそんなに魅力を感じないのだろう。
だがこれは住み分けの問題だからさほど気にならない感想であった。
まだ、利用者が多いとは言えないが、王都中をこの人力タクシーが行き交って人々の目に馴染めば利用者も増えるだろうと思うリューであった。
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