第290話 三学期ですが何か?

 新年から前途多難な状況になり、仕事が忙しいリューであったが、日は無情に過ぎて新学期が始まった。


「リュー久し振り!」


 教室に入るとランスが、去年同様元気に出迎えてくれた。


「おはようランス君。みんなもおはよう!」


「「「おはよう」」」


 シズやナジン、イバルもリューの挨拶に答えた。


「二人とも新年早々忙しそうだな。シズから聞いたぜ?」


 ランスが、二人に探りを入れてきた。


 ドキッ


「え?」


 ちょっと動揺するリュー。


 シズがなぜ僕が忙しくしているのか知っているのだろうか?まさかラソーエ侯爵家の情報網で何か掴まれていた!?


 リューは色々な考えが脳裏を過ぎった。


「……新年にあった『チョコ』の新作発表会の時にランドマークビルに行ったけど、二人共マイスタの街にずっと行ってたんでしょ?全然いなかったよ」


 シズはどうやら、リュー達もイベントに現れると思って楽しみにしていた様だ。


「ああ、それか!──実は、朝一番ですぐマイスタの街に通っては仕事に追われていてね。休みの間はほとんどマイスタの街で過ごしていたんだ」


 と、リューは答えた。


 どうやら、ラソーエ侯爵家の情報ではなかった様だ。


 ほっと安心しながらも、新年早々、ランドマーク家の領境でいざこざが起きたり、西部の裏社会の組織が王都に進出してきて抗争の為、対抗策を練っていたという事実は流石に言えないなと思うリューであった。


 事情を知りながらも、本当の事を言わずに、先にシズ達と話していたイバルが、仕事で忙しくしていると説明してくれていた様だ。


 イバルも新年からミナトミュラー商会の各部門を出入りしては忙しくしていた。


 それは、人手不足が一番の理由であったが、イバルのお陰で商会の方は滞りなく動いている。


 ただでさえミナトミュラー商会の現場責任者であるランスキーが、ランドマーク領に部下と共に遠征中であったから、その代わりとしてイバルはかなり頑張ってくれている。


 リューにとって仕事面での右腕として将来が楽しみな存在だ。


 問題があるとしたら、裏の顔である竜星組の方である。


 こちらは、マルコと元執事シーツ、若手のホープ・アントニオに、ミゲルなどが人手不足を補う為に動いてくれているが、全ての対応となると流石に無理があった。


 今は、最低限の情報収集以外は、全て事業が滞らない様に動いて貰っている。


「ミナトミュラー君は、実家も今忙しいのよ」


 と、そこへふと綺麗な声が聞こえてきた。


 そちらを向くとそこにはエリザベス王女殿下が立っている。


 領境の揉め事が、もう伝わってるわけじゃないよね?


 実家と言われて緊張するリューであったが、そういうわけはないなと思い直した。


「王女殿下の言う通り、実家の本領は今、新領地を譲り受けて大忙しです」


 リューは、みんなにもわかる様に答える。


「……リズ、おはよう!新作発表会楽しかったね!」


 と、シズが、王女殿下の愛称であるリズと親しく呼んで答えた。


 え……、もしかしてお忍びでランドマークビルに来てたの!?


 まさかの会話の流れに、驚くリューと一同。


 慌ててそれを証明出来そうなナジンに視線を向けて確認した。


 リューの視線に気づいたナジンは、ただ静かに頷く。


 王女殿下がランドマークビルに……、これは、一大事だったのでは!?


 もちろん、もし、自分が現場にいても、王女殿下の存在について気づかないフリをするのが精一杯の対応であっただろうが、これが前世であったら、嫌いな行為だが、写メの一つも取っていたかもしれない。


 それぐらい大きな出来事だ。


「ランドマークビルはとっても楽しくて、シズとも話が盛り上がったものね。以前にも王都内の商店街をお忍びで巡った事があったけど、あそことは全く違う雰囲気で、見るものが新鮮だったわ」


 王女殿下は、どうやらランドマークビルに満足してくれた様だ。


 王女殿下のこの言葉を、そのまま宣伝に使いたい!


 と思うリューであったが、そんな事をすれば、王女殿下に距離を取られるであろう。


 ぐっと我慢するのであった。


「喫茶『ランドマーク』にも寄ってくれた?」


 リーンが、王女殿下の感想にご機嫌になり、話に入って来た。


「ええ。初めて食べる料理ばかりで驚いたわ。シズが勧めてくれた各種パスタにお好み焼きもどき(ピザ)、各種うどんも美味しかった」


「気に入って頂けたのなら、良かったです。沢山注文してくれたんですね。って、……うん?」


 王女殿下の言う各種だと、本当にかなりの量を頼んだことになるのだけど……。


 途中でその疑問に辿り着いたリューは、


 全部食べるのは無理だろうから……、処理したのはナジン君!?


 と、驚いてナジンの方に視線を送った。


 それに気づいたナジンは、黙って首を振る。


 え?違うの?


 リューが、首を傾げると、ナジンは黙って王女殿下に視線を向ける。


 え?もしかして王女殿下が食べたとか言わないよね?


 リューは、ナジンにまた視線で確認を取る。


 ナジンはまた、黙って頷く。


 王女殿下は実は大食い!?


 再度驚くリュー。


 もうすぐ学園生活は一年だけど王女殿下はまだ未知の存在だな……。


 と思うリューであったがさすがにその指摘は出来ないのであった。


 そこへ、


「リズは意外に沢山食べるのね」


 と、リーンが遠慮せずに指摘した。


 リーン、そこはやんわり流して指摘しちゃ駄目なところだよ!


 と、内心ツッコミを入れる男性陣一同であった。


 すると王女殿下は、少し顔を赤らめ、


「どれも美味しかったからちょっと食べ過ぎただけよ……!普段は少食だからね!」


 と、拗ねた様に答えるのであった。


 意外に可愛らしい反応に、場の雰囲気は一気に和み、男性陣一同は一安心するのだったが、それと同時に、王女殿下の意外な素顔に不謹慎ながらちょっとかわいいと思うのであった。

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