第282話 新年から忙しいですが何か?

 いい形で新年を迎えたリューであったが、今年は色々と予定が入っているから、忙しい年になりそうだと、思わずにはいられなかった。


 主家であるランドマーク家からして、伯爵に昇爵した事により、領地の加増が新年早々行われる。


 元々、隣接する領地は派閥の長であるスゴエラ侯爵下の与力の土地であったものを移譲される形での加増なのだが、これによりランドマーク領は初めて同派閥以外の貴族の領地と領境を接する事になる。


 それだけでも与力としては心配なところである。


 年末には移譲される土地の領境の村と、そことわずかに隣接する南部派閥の伯爵領の村とが初めて揉める事態が起きているそうだ。


 元スゴエラ侯爵の与力仲間の騎士爵がその事を父ファーザに警告してくれた。


 どうやら、うちではなくここを引き継ぐランドマーク家を狙い撃つ為の言いがかりっぽいから気を付けろ、と。


 父ファーザは、どうやら伯爵として警戒されつつも南部派閥から舐められているらしい。


 頭が少し良くて成功した成金貴族と。


 その情報を聞いてリューはかなり怒りを蓄積させたものだが、ランドマーク家がバリバリの武闘派貴族だとは知らないらしい。


 この感じだと近い内に一悶着有りそうだが、物理的な揉め事に関してスゴエラ侯爵派閥に勝てる派閥はそういないだろう。


 ましてや、その派閥一の武闘派与力であったランドマーク家である。


 何かあったらこちらからも兵隊を送れる準備くらいはしておこう。


 まぁ、必要ないだろうけど。


 リューは、そう思いながら、初仕事である書類整理を行っていく。


「新年早々、『ニホン酒』の注文が凄いね……。ほぼ断らないといけないじゃない」


 リューが驚くのも仕方がない。


 年末年始のお酒の需要は当然なので、それに伴いかなり高めに値段を上げたにも拘わらず『ニホン酒』の需要は富裕層をはじめとして貴族に対して人気があった。


「え?これ、王家御用商人からの注文じゃ?」


 一枚の書類に目が止まったリューは固まった。


「はい、若様。昨年王家に贈ったものがかなり気に入られたご様子で、商人を通して注文がありました」


 執事のマーセナルが新たな書類の山をリューの前に置きながら、指摘した。


「それは、断れないね。作戦の第二弾にも関わるしこれは優先して」


 リューはそう言うと、書類にサインをして執事のマーセナルに渡す。


「承知しました」


 執事のマーセナルは書類を受け取ると、すぐ、外で待機する使用人に渡して、ミナトミュラー商会に人を走らせた。


「それとこのマーセナルが持って来た書類の山は何?」


 先程、執事のマーセナルの持って来た書類の山にリューはうんざりしたように聞き返した。


「それは、建築部門から上がって来たものです。今年から始まる建築の契約書や建築許可の申請書、予算の承認手続き書類など色々あります」


「うちの商会の一番の柱だからこっちも優先しないと駄目だね。目を通してサインしておくよ」


 リューは書類の山にへこたれそうであったが、アーサの入れたコーヒーを一口飲むと、気合を入れ直す。


「よし!リーン、半分目を通して、僕に横で伝えてくれる?頷いたらサインもお願い。僕のサイン、完全に真似できるよね?」


「了解」


 リーンは、否定する事無く、書類を手に取ると読み始めた。


 若様、それ有りなの!?


 横でリューがつまむ為のお菓子を用意していたアーサは、思わず心の中でツッコミを入れた。


 リューとずっと一緒にいるリーンにしかできないサインの完全再現である。


 無頓着なアーサでもサインの偽造が問題なのは知っている。


 バレたらシャレにならないのだ。


 アーサは思わず、リューのサインとリーンの真似したサインの書類を見比べた。


 完全に一緒だ!


 アーサもこれにはびっくりした。


 真似するというレベルではない。同じサインなのだ。


「ふふふ。アーサ、びっくりしたでしょう?リーンと僕は一心同体だからね!こんなズルも可能なのさ!」


 リューは、忙しさを理由に不正を自慢するのであった。


「何を自慢してるのよ、リュー。それよりも手を動かしなさいよ。判断はリューがしないといけないんだからね?」


 リーンは、リューの頭にチョップをすると、書類の内容を読んでいく。


「ははは。ごめん。──うん?今なんて言った?」


「え?──ああ、この下請けの書類の事かしら?」


 リーンが、手を止めてリューに渡す。


「……ふむふむ。これって、西の城壁の補修のさらに下請けの話か……。城壁の補修用になっているけど、この注文の石の大きさ小さすぎない?」


「あら、本当ね。この大きさだと、城壁ではなく、家なんかの壁面用だわ」


 リーンも、リューの指摘に気づいておかしい部分に気づいた。


「受注元は……、王都の大手建築商会か。ここは確かエラインダー公爵家とパイプがある商会だった気が……。小さいのは下請けに出したのを、うちが偶然受けられた感じなのかな。まぁ、ちょっと気になるけど、これもサインっと」


 リューは何か引っ掛かるものを感じながらも支障がないと判断してサインするのであった。


「……気になるなら、ランスキーに調べさせるわよ?」


 リーンが、リューの勘が大切だと判断したのか提案した。


「うーん……。じゃあ、使い道だけ調べさせておいて。うちが準備して提供するものだし、問題なく使用されていればいいから」


 リューはリーンの気遣いに、一旦ほっといて置こうとするのを止めて、調べさせる事を許可するのであった。

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