第277話 また、送り込みますが何か?

 年末はどこもかしこも忙しい。


 そんな中、学園も年末年始の休み期間に入る事になった。


 リューもマイスタの街の街長として、ミナトミュラー商会の代表として、そして、竜星組の組長として、年末は忙しくなる。


「酒造部門、建設部門、製造部門もだけど、興行部門は年末、王都やその近郊で行われるイベント行事が多くて人手が足りないなぁ」


 リューは書類に目を通しながら、人事について頭を悩ませた。


「それなら、一旦、魔境の森に行かせている人達、呼び戻したら?」


 リーンが、リューがすっかり忘れていた? 若い人材の指摘をした。


「ああ! 彼らか……。そう言えば、ミゲルは一人長い事あっちに残っているよね? 年末だし、また、評判の悪い若い衆を送り込むついでに、呼び戻そうか」


 リューは気軽に言っているが、若い衆にとっては、地獄へ送り込まれる重大事態であった。


「主、魔境の森とは何ですか?」


 スード・バトラーが聞き慣れぬ単語に、興味を惹かれた。


「ああ、スード君にはまだ言った事がなかったかぁ。ランドマーク本領に接する魔物が沢山潜む森の事だよ。魔境の森の奥に何があるのかわからないくらい深い森が続いていてね。うちの若い衆の根性を一から叩き直す矯正施……じゃない。自転車の材料となる魔物を狩る為の施設があるんだ。とても厳しい環境だから、みんな強くなれるし、素材も集められて一石二鳥の場所だよ」


 リューは少し、失言しつつ、オブラートに包んで説明した。


「……それって、以前、主が言っていた強くなる為の環境ですよね? 自分もその施設に休みの間だけでも行きたいのですが、駄目でしょうか?」


 スードは、強くなる為に貪欲であった。


 普段はリューに手合わせを願い出る事も多いのだが、ここのところはリューが忙しくしているのでそれも言い出せずにいた。


「……そうだなぁ。休み期間中なら……、まあ、いいか! あっちにはうちのおじいちゃんやお兄ちゃん達もいるから、色々と学べると思う。じゃあ、マーセナル、今日、魔境の森に運ぶ予定の若い衆を庭に集めておいて」


 リューは、書類を読むのを止めて立ち上がると、リューがサインした書類を運ぼうとしていた執事のマーセナルにお願いする。


「承知しました」


 頷くと書類を助手の元冒険者タンクに渡して、手配の為に使用人達に指示を始める。


「毎回、若い衆を集める時、言う事聞かない連中がいたんだけど、最近、落ち着いてない?」


 リューは、ふと思い出した様に、リーンに聞いてみた。


「ああ、それは、魔境の森から帰って来た第一号のアントニオが、送り込む連中の人選を、今、任されているからじゃない?」


「アントニオが? 『スモウ』大会の優勝以来名前聞かなかったけど、そっちに配属されてたのか」


 自分が許可状にサインして異動になっていたのだが、リューは覚えていなかったようだ。


「そのアントニオが、こっちで言う事聞かない連中の一時的な教育も受け持っているから、若い衆はリューに対して反抗的な態度を取らなくなっているのよ」


 リーンはどうやらその事を知っていたらしい。


 もしかしたら、アントニオに命令したのはリーンなのかもしれない。


「なんだ、最近の若い衆は丸くなった人が多いのかと思っていたよ」


 やっと合点がいったリューであった。



 しばらくすると、マーセナルから庭に若い衆が集まったという連絡が来た。


「スードも準備出来た?」


 リューが、スードの確認を取る。


「はい、主。こちらはいつでも大丈夫です」


 スードは、肩に担げる革の袋をポンと軽く叩くと、準備万端のアピールをした。


「じゃあ、庭に行こうか」


 リューは、手にしていた書類を、机に置くと立ち上がるのであった。



 街長邸の中庭──


「あれが、噂のうちの組長……!」


「本当に若いな……!」


「アントニオさんの言う通りなら、あの人は大幹部達が束になっても敵わない人だぞ……!」


 リューが庭に出ると、集められた若い衆達がひそひそとリューを見て、生の組長に興奮気味であった。


 アントニオ君、僕の事変な風に言ってないよね?


 ちょっと、アントニオの教育に少し疑いを持つリューであったが、その場に待機していたアントニオに目配せする。


「全員静かに!これから組長の指示に従って、ある施設に向かう事になる。お前らはそこで竜星組の為に働くんだ。さっきサインした書類の通り、命がけだからな。お前らの根性を見せてみろ!」


 アントニオは、若い衆を叱咤した。


「「「へい!」」」


 若い衆は、反抗する事無く、アントニオの言葉に返事をする。


 どうやら、教育が行き届いているようだ。


 ミゲルの様な反抗的な奴がいた頃が懐かしい……。


 リューは、自分に絡んでくる若い衆がもういない事に少し残念な気になるのであった。


「じゃあ、行くよ」


 リューは、そう言うと、スードから次々に若い衆をランドマーク領に送り込んでいくのであった。



「おお、来たかリュー。今回も見どころがありそうなのが何人もいるのう!」


 祖父カミーザが、領主城館の前で待ってくれていて、嬉しそうに言うのだった。


「おじいちゃん、今回もよろしく。そうだ、ミゲル達を回収したいのだけど?」


 リューが、そう言うと周囲を見回す。


「ミゲルはもう少し、残りたいそうじゃ。最近では、あいつも下の人間を世話する余裕が出来て来てのう。儂も助かっているぞ」


 祖父カミーザはミゲルを褒めるのであった。


 あのミゲルが!?また、成長したんだね……!


 親の気持ちになってリューも嬉しくなった。


「今回なんだけど、このスード君を、休み期間中だけだけど、鍛えて上げて下さい。僕の護衛役で才能豊かだからお爺ちゃんのペースでいいよ」


「よろしくお願いします!」


 スードは、リューのカミーザに対するお願いが何を意味するのか、この時は、まだ、わからないのであった。

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