第229話 夏休み最終日ですが何か?
夏休み最終日──
王都に沢山ある広場のうち、竜星組の縄張りの範囲にある地域広場にて『スモウ』の興行が行われる事になった。
この日の為に、ミナトミュラー商会、竜星組の両方から腕自慢の者を集めて特訓をさせてきたので気合は十分である。
演目はこちらが用意した力士役の若い衆による模擬戦を最初に数試合行い、観戦者に『スモウ』のルールを説明、奥深さを知って貰う。
さらにその後、素人参加の賞金有りのトーナメントや、それに伴う賭けも用意してあるので、参加者はもちろん真剣勝負だし、観戦する方もお金を掛けているので応援にも熱が入る。
あとは危惧されるのが八百長だが、それは発覚次第、興行主の竜星組が黙っていないので、素人はそう簡単にはやれないだろう。
そして、開始時間であるお昼になる頃には、会場となった広場は黒山の人だかりになっていた。
広告や、看板などの宣伝を興行部門が行ってきた成果であった。
それに、トーナメントの優勝賞金が金貨十枚(前世の金額にすると約百万円)で、準優勝者も金貨三枚、三位にも金貨一枚ずつと、この手の素人参加の興行では破格の賞金設定だったので参加希望者だけでもとんでもない数が殺到した。
なので、参加費を請求する時点で、冷やかしがまず消える。
そして次に、参加者の中から、予選会を行って篩いにかけ、上位64人(敗者復活も含む)を本戦に選出させた。
今日の興行はその本戦だが、予選会の段階ですでにこの広場で前日、観客を入れて試合を行った事もあり、評判が評判を呼び、お客の入りは最高潮であった。
本戦出場を決めた出場者の中には、地元の荒くれ者から、賞金目当てに王都郊外からわざわざ駆け付けて参加した者もいた。
中には王都の警備隊関係者や、夜のお店で用心棒をやっているフリーの者も混じっている。
こうなると大切になるのが、ルールであったが、前世の相撲の様に、裸にまわしを締めるという文化は、こちらには無いので、上半身裸はもちろんだが、下はこちらが用意した半ズボンにまわしを締める事にした。
そして、まず立ち合いは、行司(審判)の合図で始める事にした。
本来なら両者の暗黙の了解で始まる立ち合いで開始されるのが相撲だが、それを素人に求めるのは無理だからだ。
次に、打撃は完全に禁止する事にした。
もちろん、目突き、頭突き、肘打ちも失格。
素人参加型なので、打撃は本職の参加者が有利になるからだ。
その点、まわしを持っての投げのみならこの世界では馴染みがあまりない。
魔物や人を相手に戦う術は、剣技や打撃が中心で投げは珍しいのだ。
あとは、どちらか一方の足の裏以外が着地、もしくは土俵外に出したら負けである。
これなら余計な流血も避けられ、観戦者にもわかり易いだろう。
ちなみに予選の段階では、ルールが浸透していなかったので、とんでもない取り組みも序盤では多く見られたが、何度か試合が行われると参加者にも理解され、『スモウ』の形になってきていた。
こうして興行部門の悪戦苦闘の結果、ついに本戦である今日を迎えたのである。
招待席には、祖父カミーザを始め、祖母ケイ、父ファーザや母セシル、長男タウロ、次男ジーロ、妹ハンナと、ランドマーク子爵家全員が訪れていた。
「ワシも参加したかったのう……」
祖父カミーザがもうすぐ始まる『スモウ』を前に、愚痴をこぼした。
「あなたが参加すると結果がわかってしまうでしょ?」
祖母ケイが夫である祖父カミーザを諫めた。
おじいちゃんが参加したらその優勝は疑わないのねおばあちゃん。
リューは、祖母ケイの夫カミーザへの信頼の厚さに、ほっこりするのであった。
そうこうしてる間に、スモウの王都場所開催宣言が、竜星組幹部マルコの口から行われ、ルール説明の模擬戦が始まった。
それだけでも、観客からは歓声や笑い声が上がる。
説明の為に、面白おかしく模擬戦が行われているからだ。
この辺りは、リューの前世での相撲観戦経験からアドバイスをしたので、ウケは良さそうだった。
一通り、ルールの為の模擬戦が行われると、数試合、本気の取り組みを若い衆同士で行わせる。
その間に、トーナメントの取り組みの賭けの受付が行われると賭けの胴元の元には、お金を握りしめて目を血走らせた者達が沢山詰め寄っていた。
様子見に少額賭ける者もいたが、張り出された対戦表を確認して体格差を確認すると、大きな方に全財産一点賭けする者も少なくない。
そんな参加する者も、賭ける者もお金がかかった勝負に必死の形相であったが、いざ本戦が始まるとその熱気はさらにヒートアップしていった。
歓声に、落胆、怒声に応援の声、対戦相手から土俵際で逃げ回る参加者の姿にお金がかかっているのも忘れての笑い声など、悲喜交々の感情が入り混じって『スモウ』は盛り上がるのであった。
「リューの考えた『スモウ』って面白いね!」
招待席で長男タウロが次男ジーロに、熱気に包まれた会場の大声援に負けない様に、大声で感想を伝えた。
「そうだね。お客さんも楽しんでいるし、これだけ盛り上がったら大成功だね!」
次男ジーロも頬を上気させて、興奮気味に長男タウロに聞こえる様に大声で返答する。
その傍で妹ハンナも大きく頷いているのが可愛らしい。
リューはその間、事業主として、裏方に回って進行を指示したり、賭け金の計算やトラブルを治めたりと大変であった。
だが、その苦労もトーナメント決勝戦で報われた。
決勝進出の出場者二人は、最早優勝はこの男だろうと、参加者からも噂されている巨体の警備隊出身の男と、それに反して体格が中肉中背ながら、体格に勝る相手を投げ倒してきた男である。
決勝の賭けは圧倒的に体格に勝り実力もある警備隊出身の男に偏っていたが、いざ試合が始まるとその予想を覆し優勝したのは中肉中背の男であった。
これには、この日一番の盛り上がりを見せた。
勝敗が決した瞬間、地面から湧く様な歓声が上がり、次の瞬間には落胆する声と、ただの紙切れになった賭け券が夜空を舞う。
「畜生!全額すっちまった!」
「何でその巨体で負けるんだよ、アホー!」
「やったー!間違って買ったのに当たった!」
観客席からは大半が恨み節の怒号であったが、いざ表彰式になると勝った方の中肉中背の男に対する拍手が盛大に行われ祝福された。
それだけ見どころのある試合だったという事だろう。
「お客さんのウケも良かったし、大成功だ!」
リューは、この成果に大喜びした。
「でも、良いのかしら?優勝者って
リーンが言ってはいけない事を口にした。
そう、優勝者は二日前まで魔境の森に籠もらされていたアントニオだったのである。
「ほ、ほら、八百長でなく、実力だからね?」
リューはそう、リーンに対して言い訳するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます