第222話 小さな抗争ですが何か?

 夏休みのある日。


 王都にいくつか点在する竜星組事務所の一つに、一度助けた事がある『月下狼』の手下が、助けを求めて飛び込んできた。


 『月下狼』は、資金力とその資金で雇った腕利きの兵隊を引き連れ勢いに乗る『雷蛮会』に押されて、いよいよ自尊心に拘っている場合ではなくなってきたからだ。


 『月下狼』は先の抗争で大きなダメージを受けていたので、元『上弦の闇』の縄張りを得て、その痛手を少しでも埋めようとしていたのだが、思わぬ伏兵である『雷蛮会』が出てきてしまった。


 少し前の『月下狼』ならすぐに動いて叩き潰していただろうが、弱った今となっては、それもできない。


 それどころかあちらはどこから湧いてくるのか資金にも恵まれ、日を追うごとにその勢いは増すばかりであった。


 最初、竜星組の助け舟に対しては、元が『闇組織』の一部から派生した組織と認識していたので、手下も自分も警戒して断るつもりでいた。


 だが、三連合を組んだ『黒炎の羊』は、最近では被害が大きいこちらを吸収する気満々の行動をとっていた。


 資金を高利で貸そうとしたり、縄張りの一部を買い取ると申し出たりと、足元を見られ始めた。


 それもこれも、連合を組む際にこちらの兵隊情報を開示していた事が今になって裏目に出た感じだった。


 その為、『黒炎の羊』は信用出来なかったが、『上弦の闇』を潰した『竜星組』は、その後の縄張りに手を出す事無く静観していた。


 あちらは手を出されたからあくまでも報復したという筋の通し方をしたのだ。


 それを見せられた後とあっては、昨日の味方である『黒炎の羊』より昨日の敵の『竜星組』の方がまだ信用出来そうであった。


 『月下狼』の、顔に傷がある女ボス、スクラは『雷蛮会』の攻勢に、早晩、自分のグループが不利になると判断して助けを求め、その存在が発覚している竜星組の組事務所に手下を走らせたのであった。


 竜星組はスクラの救援要請にすぐに兵隊を出した。


 丁度、『月下狼』の事務所の一つが『雷蛮会』に襲撃されて、お互い斬り合いになっているところに『竜星組』が介入。


 瞬く間に『雷蛮会』の誇る腕利きの兵隊を返り討ちにしてみせた。


 これには『雷蛮会』に対して応戦し、自ら陣頭指揮を執っていた女ボス・スクラも驚くしかなかった。


 全く格が違うのだ。


 『闇組織』時代の武闘派幹部であったルッチ派を吸収したとはいえ、この強さは群を抜いていた。


 『雷蛮会』の兵隊も強かったが、これが王都最大であった『闇組織』の後を引き継ぐ組織の真の実力という事だろうか?


 『月下狼』の女ボス・スクラは『竜星組』の実力に、自分の組織がどんなにちっぽけな存在だったのかと圧倒されるのであった。


「『月下狼』の女ボス・スクラさんですね?うちの組長からの伝言です。『雷蛮会』が二度と『月下狼』に手を出さない程度に反撃したら、うちの兵隊も引かせます。その後はそちらの自由にして下さい、とのことです」


 女ボス・スクラは、その言葉にまだ見ぬ竜星組の組長に対し、器の違いを感じずにはいられなかった。


「対価を要求しないのかい!?」


 思わず、女ボス・スクラは答える。


「『月下狼』が健在のうちは、王都のバランスは保たれていると思っている。それが今の報酬だと思っておく、というのがうちの組長の言葉です。──おい、お前ら!『雷蛮会』の拠点を一つ潰してから帰るぞ!」


 竜星組の兵隊を引き連れていた隊長がそう答えると、部下達に声を掛けてその場を去る。


「参ったね……。まだ見ぬ竜星組の組長とやらに惚れてしまいそうだよ……」


 女ボス・スクラは大きな借りを作った『竜星組』組長に対し、最大の賛辞を口にするのであった。




 ライバ・トーリッターは、新しく用意した大きな事務所で、『月下狼』の拠点襲撃が失敗に終わった事を聞かされていた。


「うちの精鋭が返り討ちだと!?」


 ライバは高そうな椅子に満足して座っていたが、思いがけない報告に立ち上がった。


「……へい。──最初、こちらが優位に進めていましたが、敵に援軍があり、急な事もあって反撃できず……」


「『月下狼』に、まだ、そんな戦力があったっていうのか!?」


「それがどうやら、その援軍はあの『竜星組』だったようです……」


「『竜星組』だと!?あの『上弦の闇』を一日で潰した『竜星組』か!?」


「……へい。こっちはその後、縄張りにある拠点の一つを逆に襲撃されて潰されました……!」


「……くそっ!何でそんなやばい組織が出てくるんだ!……という事は『月下狼』に手を出したら今後、『竜星組』が黙ってはいないという事か……?」


 ライバは歯噛みしたが、数段格上と見ている相手である、ビビらずにはいられなかった。


「そういう事だと思います……」


「……くそっ!……仕方ない。今回は元『上弦の闇』の縄張りをほとんど得られたからこれで我慢しよう。後は豊富な資金を使って兵隊を集めて力をつけるんだ。どちらにせよ『雷蛮会』は、王都で指折りの組織にのし上がる事が出来たんだ、焦る事はない。──よし、『月下狼』とは痛み分けで手打ちというやつにしておこう。──そうだ!その『竜星組』に間に入って貰って顔を立てれば、これ以上睨まれる事もないかもしれない。それに僕の狙いはリュー・ミナトミュラーを潰す事だからな、今の力で十分脅せるはずだ」


 ライバは、自分に言い聞かせる様に呟くと、手打ちの為に『月下狼』、『竜星組』の両方に使者を立てるのであった。


 だが、ライバは依然として、復讐の対象であるリューが、その相手にしてはならない『竜星組』の組長であるとは夢にも思わないのであった。

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