第176話 怒り狂ってますが何か?

 非合法の薬の製造工場として使われていた大きな倉庫の所有者であるカモネ商会をランスキーと手下達に聞くと取引実態はあるものの不可解な商会だった。


 まず、存在を知っている者はいるのに、商会本部が存在しない。


 この、リューが倒壊させた大きな倉庫以外に所有する建物が無いのだ。


 その商会の代表はイル・カモネ。


 実在はしているはずなのだが、正体がよくわからない。


 カモネ商会を知っていた者達から代表のイルの特徴を聞くと、みなが言う特徴が違っているのだ。


 白髪混じりの年配男性という者もいれば、先代から事業を引き継いだ熱心な若者だと言う者もいる。


 中には、中年のやり手女性代表だと証言する者までいた。


 容姿の違いはまだわかるのだが、それどころか性別まで違う事にリューは首を傾げるしかない。


「……そのイル・カモネって人物は、幻惑魔法の使い手なのかもね」


 走る馬車の中、リーンが、リューに進言した。


「幻惑魔法?」


「ええ、正体が定まっていないのは、見る相手の想像に任されているから。それならば幻惑魔法の特徴に一致するわ。見る人全員に同じ幻を見せるものは変身魔法によるものだろうけど、相手によって一々正体を変える必要性がないもの」


「幻惑魔法か……。確かかなり珍しいよね?」


「そうね。時には人じゃなく物や風景に溶け込む事もあるから、戦闘では厄介な魔法よ。まあ、『追跡者』のスキルを持つ私には通じないけど」


 リーンが自慢げに言う。


 リーンに見抜けるのなら、まずは一安心だ。


 だが、そんな能力を持つ人物が『闇組織』で無名のはずがない。


 だが、ランスキーに聞くと知らないという。


「……そのイル・カモネという人物が、『闇組織』のボスの可能性があるね」


 リューは一つの仮説を告げた。


 ランスキーによれば、幹部のルッチ以外、ボスの顔を知る者はほとんどいないと言われている。

 その理由が幻惑魔法による認識阻害なら、一人一人証言する特徴が違うから自分が見たのがボスだと思う者はいないだろう。


 極端な話、『闇組織』の末端のチンピラに紛れ込んでいる可能性だってあり得る。


 そうなると、正体を暴くには、数少ないボスの顔を知る男、ルッチを捕らえ特徴を聞き出すしかなさそうであった。


「じゃあ、どうするの?『闇組織』の収入源に大ダメージを与えたとはいえ、これまでに貯め込んで財力はあるだろうから、ボスを叩かないと止まらないわよ?」


「大ダメージを与えたから、今後、僕達にも直接的に攻撃を加えてくると思うんだよね。その時、ルッチ自ら動いたら、捕らえるチャンスがあると思う」


「その時に、捕らえてボスの特徴を聞き出すのね?」


 リーンが、目を輝かせて聞いてくる。


「まあ、そんな感じかな。あとはボスが今回の事で焦って表に出てくる可能性もあるからね、そうなったらチャンスだけど」


 リューは希望的観測を口にした。


「今後も『闇組織』の動向を監視するしかないわね。地元であるランスキー達に任せていれば何か気づく事もあるわよきっと」


 リーンはリューをそう励ました。

 そこに、御者から、到着が告げられる。

 二人は馬車から下りるとそのまま、学校に登校するのであった。




「何!?製造工場がやられた、だと!?」


 朝起きると、ルッチは部下から最悪の報告を知らされていた。


「何であの場所がバレやがった!?──見張りは?ブツはどうなったんだ!?」


 部下は申し訳なさそうに、


「……跡形も無く奪われたようです」


 と告げる。


「誰がやった!?」


「野次馬の証言では、ランスキーと少年、エルフの女が現場に居たそうです。特徴からその子供は、この街の街長ミナトミュラー騎士爵かと……」


「何ー!?ランスキーはともかく、街長だと?マルコの野郎は何してやがった!?街長が俺達に歯向かうなんて聞いてないぞ!」


 ルッチが怒りに任せて目の前の円形の机を蹴り上げていると、さらに他の部下が慌てて室内に駆け込んできた。


「大変です頭目!葉っぱ畑が、うちの街の領兵に押さえられてます!」


 新たな報告にルッチは顔を真っ赤にしたが、怒りを通り越したのかふっと無表情になった。


「……畑はどうなった?」


「朝から葉っぱ畑で働く為に訪れた連中によると、畑は完全に潰されていて、収穫物も全て消えていたそうです。そこにやってきたほとんどの者がその場で領兵に取り押さえられたようです。ですがこっちはマルコさんに手を回して貰えばすぐに釈放されると思います」


 と、部下が最悪の報告をした。


「捕まった奴の事はどうでもいいんだよ!問題は葉っぱ畑が潰された事だろうが!収穫物までやられたとなったら、今後の収入がゼロになるという事だぞ、わかってんのか!」


 ルッチは再度怒り狂うとその矛先を部下に向け、殴って発散する。


 部下の男は殴られた勢いで壁に吹き飛ぶと、鈍い音を立てて血飛沫を上げた。


「くそー!マルコを呼び出せ、領兵が動いてるという事は、畑も街長のガキ達が原因だろう……。ガキのお守りは奴に任せていたんだ落とし前つけさせてやる!」


「は、はい!」


 ルッチの大邸宅は、朝から大騒動に陥るのであった。

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