第84話 今日は、ありがと!

『ひなちゃん(仮名)、日曜日、暇? 僕とデートしようか?』


 現在、わたしの彼、渡瀬わたらせつかさくん(仮名)のお父さまの言葉である。


「父さんっ!」

「あなたっ、いくらなんでも誘い方ってもんがあるでしょっ!」


 それに対して、ご家族の口撃である。



 お父さまの言葉が足りず、本気にしなかったわたしと、本気にしちゃったご家族とでは、当然、温度差があり……。

 要は、『ハムフェア2022』に行かない? というお誘いだったのだ。三年ぶりに開催されてるから、わたしひとりででも行こうかな? と思っていたところに、このお誘いである。喜んでご一緒させていただこう。お父さまには、『よろしくお願いします』と『信用してますよ!』と言っておいた。


 それなのに……、なぜか、当日、渡瀬くんがついてきた。さらになぜか、彼のお母さままで……。お父さま? どうやら信用されてないみたいですよ。

 でも、四人で揃ってお出かけ……とか、わたしはこれまで経験したことがなかったので、内心はとても嬉しかった。


 会場についた。まずは、わたしとお父さまの目的地である、南館に向かった。お父さまとふたりして、彼とお母さまに、『興味ない人にはおもしろいところじゃないよ」と、忠告はした。

 ついてくるなら自己責任だぞ。あ、ついてくるんだ。

 今年は、前に来た時よりも、規模が小さかった。その分、ブース周りが広いのは、このご時世だからか……?


 まずは、お父さまの無線仲間のブースに向かった。そこにいる、おとな全員に驚かれた。

 そりゃ、そうだろう。わたしの紹介が、『僕の娘!』なのだから。お父さま、ここでも言葉が足りてません。

 改めて自己紹介をする。の彼女なんだと。そして、さらに驚かれる。『息子くんって、確か、高3……だったよね?」と。司くんのロリコン疑惑が俄かに浮上する。


「わたし……、司くんと同い年ですが? というか、わたしのほうが歳上なんですけど?」

「僕の娘も免許持ってるから、空で会ったらよろしくね」


 一同、ブース内で騒然。そこからは、お父さまそっちのけで皆さんに捕まった。わたしが見に行きたいブースがある……、というと、すかさず、お父さまのが案内してくれる。困ったおとなたちである。まぁ、楽しかったからいいか……。


 無線のフェアを見終えると、今度は、彼のお母さまが、隣のフロアでやってた催し物に興味を示した。『ひなちゃん、私にも付き合って』というお母さまと一緒に入ったのは、『GEISAI ♯21』。いつもは、九月に上野の恩賜公園で屋外展示されてる、東京芸大(たぶん)の学生さんたちの創作物の発表の場だった。

 もう、お母さまと、きゃあきゃあ言いながら見て回った。創作意欲も感性も刺激された気がする。


 そうなると、ひとり納得がいってない、仏頂面してる渡瀬くん。もぉ、仕方ないなぁ。そんなこともあろうか……と、わたしは調べておいたのだ。渡瀬くんが好きそうなイベントがここの東館で行われていることを……。

 それが、『鉄道模型コンベンション』。もう、すごい以外の感想が出てこない。あちらこちらのブースで、鉄道模型が走っている。鉄道博物館のジオラマほど大きくはないけど、どれも精巧だった。

 渡瀬くんとふたりで、小さな子どもたちの中に混じって、夢中になって見入ってしまった。わたしたちの後から、ちょっと離れてついてきてるお父さまとお母さまもだ。みんなして、目がキラキラしてる。きっとわたしもだ。



 これは、わたしと親友みあちゃんと、そのほか、少ない友だちを巻き込んだ、掛け合い語録。


 捻りもオチもないけど、彼女みあちゃんがいなかったら、今のわたしはいなかったと思うし……。


 今日は、とても楽しい一日だった。誘ってくれた渡瀬くんには感謝だ。『司くん、ちょっと……』と言う、わたしの声に耳を傾けてきた彼の頬にキスをした。『今日は、ありがと!』と言ったわたしの頬は、熱いくらいに火照っていたかもしれない。


 うん、明日からもがんばらないとね。

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