第42話 おつきあいさせていただいてます

 美亜みあちゃん(仮名)は、自宅に帰るために、ひと駅だけ一緒に電車に乗る。渡瀬わたらせくん(仮名)の隣に、わたしを座らせてから、自分はわたしの隣に座った。

 降り際に、またしても渡瀬くんに囁いている。『倒れた後だかんな』とか、『気を遣ってやれ』とかって聞こえてきた。

 最後に、渡瀬くんには、『任せたからな』と。わたしには、『楽しんでこいよ』って言って、電車を降りた。ホームで、わたしに向けて手を振ってくれた。



 この日は、映画を見た。最初は、前に約束をした博物館に行こうかと考えていたらしいけど、わたしの体力を考えてくれたようだ。『じゃあ、次こそ行こうね』と言うわたしに対して、渡瀬くんの返事はぎこちない。わたしの笑顔が足りなかったか?

 でも、魔法使いの出てくるファンタジーものはおもしろかった。


 この映画のチケット代は、渡瀬くんが出してくれた。自分の分は自分で払う……というわたしの申し出は、今日のお財布事情は余裕があるからと、ことごとく却下される。

 わたしが、不満を露わにするように頬を膨らませ、『嫌いになるよ!』って言ったら、渋々、事情を話してくれた。『女の子に出させんじゃないよ!』と言う、お母さまからの命令と共に、軍資金として出してもらえたらしい。わたしは幸せ者だ。

 だから、そこは、ご厚意に甘えることにした。


 でも、やっぱり納得のいってないわたし。わたしのお父さんからの教えは、そうじゃないからだ。そこで、ふと思いだした。今日は『母の日』。


「渡瀬くん、母の日、なにか考えたの?」

「いや、特には……」

「もぉ。これだから男の子は……って言われない?」

「だってさぁ、面と向かって言うの、恥ずかしいじゃん」

「言えなくなった時に後悔しても遅いんだよ」


 わたしの言葉に、渡瀬くんの表情が、ちょっとだけ変わった気がしたけど……。その時になんないとわかんないか、やっぱり。

 もう一度、『これだから男の子は……』って言いながら、逃げようとする渡瀬くんの手をとった。そして、今回も強引に渡瀬くんの腕にわたしの腕を絡ませた。一瞬にして顔を紅くしていく渡瀬くん。

 わたしが土曜日に倒れた時には、躊躇ためらいなく抱きかかえてたって、美亜ちゃんが教えてくれたけど……。


 渡瀬くんのお母さまの好みなんてわかるはずもなかったから、かわいくラッピングされた、ミニカーネーションの鉢植えを買った。

 母の日に『カーネーション』を買う。わたしには、初めての経験だ。


 その後、帰りの電車を待つ間に、もうひと波乱が勃発した。

 渡瀬くん、近くにバスの路線が走ってないのだそうだ。駅に到着する時間を見計らって、お母さまが車で迎えに来てくれるらしい。

 渡瀬くんが、メッセージを送信してすぐ(ホントにすぐだった)、返信があった。


『わたしが会ってみたいから、連れてきなさい!』


 渡瀬くんの頬がピクピクしてる。さらに、苦笑を浮かべた後で、スマホの画面を、わたしに見せてくれた。きっとその時、わたしも頬をヒクヒクさせていたかもしれない。

 駅の車寄せに車を停めて、外に出て待っていてくれた女性が、渡瀬くんのお母さまだとすぐにわかった。雰囲気がそっくりなのである。

 渡瀬くんが紹介してくれたので、わたしもご挨拶をした。


「はじめまして、渡瀬くんとおつきあいさせていただいてます……」



 これは、わたしと親友みあちゃんと、そのほか、少ない友だちを巻き込んだ、掛け合い語録。


 捻りもオチもないけど、彼女みあちゃんがいなかったら、今のわたしはいなかったと思うし……。


「うちのつかさ(仮名)から、聞いてたとおりのお嬢さんだったわね。本当にかわいらしい。司が夢中になるのもわかるわぁ……」

 運転しながら、話しかけてくれたお母さまの言葉に、わたしは小さく首を傾げる。

 渡瀬家へ、お邪魔することになった。

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