第105話

 世界樹が根を張り大地を食む世界があった。星のエネルギーを吸い尽くす植生生物は紛れも無く人類の敵であり、敵の名に相応しい働きを見せていた。


 巨大な植生生物はあらゆる形に根や葉を千切り、まったく別の生物を生み出し、手足の様に動かし反抗する人類に対して攻撃を仕掛けた。


 確認した所では犬や鳥、獰猛な動物に変化し人々を食していた。大地からと同様に人の肉体からもエネルギーを吸収出来るらしい。


 酷く困窮し、絶望に暮れていた。交戦する人類達には敵対者を屠れるだけの力が無く。ただ蹂躙されるのを待つばかり。


 敵対者の名はスペクトラルオリジン。通称宇宙の吸血鬼。植物系なのに吸血鬼とは、何とも小生意気な通り名だ。


 何より意思が無く、そういうプログラムで動いているのが厄介極まりなく、どうしても遣る瀬無い。


 そういうプログラムってどんなのだって?


 上記した通り、星のエネルギーを吸い尽くすことだよ。喜怒哀楽を持ち合わせず、そういう機能だから星を食らう。せめてそれらしい過去バックボーンがあればな……まあ、無い方が嬉しくはあった。


 星暦千二百七十五年……いや、コレは【リーンフォース】での暦だな。よし、暦を記すのは止めておこう。


 スペクトラルオリジンは絶滅させ、あらゆる星々を救った。瞬間に決着したとはいえ、規模の大きさには溜息が漏れたよ。


 何せ奴らの母星とは……いや、長くなるな。これは何時か別の機会に。


 次に見たのは機械の星だった。これまた人類は追い込まれ、人工知能によって完全に管理されていた。


 難しいよな本当に。あらゆる観点からその世界に対しての倫理を問わなければならないんだから。分かり易い敵では無いから質が悪い。


 けれど管理された社会に全ての人類が不満を持ち合わせていたのが救いだった。即座に介入し、人工知能の管理する社会を崩壊。


 これからの彼等が描く世界に期待しておこう。


 次は本当に分かり易かった。


 なにせ魔王と来たんだから。ゲラゲラと大口を開けて下賤な理想を吐き、人類を踏み躙っていた。


 どんな力だったか……思い出す。こういう所で思い出さないと脳味噌が壊死してしまうと爺様に習ったからな。


 ええと……黒い雷と……雷かな。多分雷の魔法を使っていたと思う。いいや、そうに違いない。


 一撃で沈めて次の世界へ。印象が無いんだから仕方ないだろう。一番楽だったとしか言い様が無い。十秒で片が付いたんだから仕方が無いだろ。


 今日の所はここまでにしておく。これからも忘れずに追記していく様に。こういうのは最後にきちんと決意として記しておかないと続かないんだよ。





――――


「ええと……『無限』の質量を空間に固定。アレクトラ式とサハド式を併用して……ああ、駄目ですか、そうですか……」


「何をしているんだい、兄さん」


 俺の中の心象世界。仄暗い空間で椅子に腰掛け頭を悩ませていると目の前に座るレイベルから話し掛けられる。


「アルの持ってる無限の魔力を世界全体のエネルギーに変えられないかと思ってな。色々と役立つだろ、無限のエネルギー源があるっていうのは」


「ふむ……オーバーロードにある古い書物にならその方法が記されているかも知れないね。好きに見て構わないよ」


「おお、悪いな」


 レイベルの記憶に接続し書物として手に収める。その中から更に必要な部分、俺の必要な魔法関連をピックアップした本を構築した。


 二人で一つだからこその離れ業。いいや、そもそも俺達が個人個人だとしても離れ業どころのレベルじゃないな。こんな物はただの副次的な効果に過ぎない。


「へえ……中々読み応えがあるな……」


「これも全て、今やっているヒーローごっこの為かい?」


 彼の一言が耳に入り、僅かに視線が文字を滑る。こうした関係になって初めてトゲのある言葉を聞いてしまい、自分事ではあるがそこそこ困惑したらしい。


 数度瞬きを繰り返し、本を閉じる。


「ヒーローっていうのは……世界樹の様な植生生物を倒したり。人工知能に支配された人類を解放したり。魔王を倒してみせたりすることか?」


「まさしくその通り」


「別に普通だろ。今時小学生だってやってるぞ? 遅れてるんじゃないか?」


「兄さん……」


 うんざりした様にレイベルは肩を落とす。流石の彼もおちゃらけた軽口に嫌気が差したのか。それとも愛情が底を尽いたのか。


「人類にとっての敵だから全てを絶滅させている事の、どこがヒーロー何だと問うているんだ。オレよりも質が悪い」


「それは無い。レイベル自身が思っても無いだろ。支配し搾取するだけのオーバーロードよりは大分マシだって」


「確かにね。少しだけ意地悪を言いたくなっただけさ。気を悪くしないでくれ」


「今の所は誰がどう見ても敵と呼ばれる様な奴らしか斃して……人口知能は大丈夫だよな?」


「どうだろう。彼等にも人権があると主張する者が世界の何処かに居るかもしれないよ?」


「……その時はその時だ。そもそも、圧し潰されていた人達から助けを乞われたんだからな。間違ってない、うん」


 レイベルとの会話を切り上げて本へと視線を下ろす。何と言うか、オーバーロード産の書物は如何ともし難いクセが散りばめられている。読み手の事を考えていないんじゃないか?


「――――兄さん、約束した筈だよね」


 瞬時に目の前へ移動したレイベルにより本は閉じられた。まるで万力に締め付けられた様に本はひしゃげ、見るも無残な紙屑と成り果てる。


「……なんでしょう」


「兄さんが睡眠をしている最中。つまりは十二時間はオレの事だけを考え、オレの為だけに行動をすると」


「おいおい、待て待て。約束は十二時間一緒に過ごすってだけだぞ? 付け加えるんじゃない」


「……それでもだ。何故、兄さんは、この空間にやって来てまで外の世界の事を考えているんだい?」


「……色々と課題が山積みだからな。寝ていても時間を自由に使えるんだから……良い機会だと思ってだな……」


「オレを放って置いてかい?」


「だって……座って寝てるのが悪いんだろうがよ……」


「確かにオレにも非はある。それは認めよう。あまりにも当たり前に兄さんとの時間が訪れてしまうから、感謝の念を忘れてしまっていたのも事実」


 そこまで重く受け止めて欲しく無いのですけど。


「けれど、眠った以上はオレに構うこと。心象世界でぐらい外の世界を忘れて、癒されて欲しいんだ」


「……嫉妬してるだけだろ。やめとけよ、成人男性の嫉妬で喜ぶ層なんてここには居ないぞ?」


 そもそも俺が性癖的には至ってノーマルである事は認識している筈だ。今の様な圧力全開の態度も苦手にしていると、口が酸っぱくなる程言い聞かせたというのに。


「……今が幸せ過ぎるから……一生このままで構わないと思ったんだ。兄さんと一緒に居られるのならと」


「だから機嫌を取れって? そんな事されて嬉しいのか?」


 レイベルは押し黙る。ありのままのザインとして接して欲しいとは当然思っているだろう。


 ありのままの俺が、当たり前の様にレイベルを受け入れて欲しいとも思っている。


 俺だって受け入れていない訳では無い。ただ、上手く距離感が掴めていないのも事実。


 レイベルとどの様にして接すればいいのかを検討中なのである。噛み合わなかったり、すれ違ったりと、人間関係の難しい部分が如実に表れている。


「ごめん、言い過ぎたな。俺もまだ、お前との接し方が分からなくて……もう少し時間を掛けよう。ゆっくりと、距離を見極めるんだ」


「オレがそんなに我慢出来ると思っているのかい?」


 背筋に嫌な予感が奔り身構えようとした瞬間には既に押し倒されていた。


 並んであった椅子と机は取り払われ、レイベルの記憶射影によって大きなベッドが出現する。


 柔らかい指と甘い吐息。気が付けばレイベルは彼から彼女へと変身し、頬を上気させてこちらを見下ろしていた。嫌な予感は的中してみせたらしい。


「……駄目だ。何度も言ったよな……これっきりだって」


「ああ、何度も言われたさ。その度にオレは乗り越えてきたんだ。今回も、逃がさない」


 言葉通りの意味で、最早何度目なのだろう。レイベルと過ごす十二時間は体を重ねることの方が多い気がする。


 俺がどれだけ抵抗しようがお構い無しに貪られてしまう。力で敵わない兄を相手に容赦無しなのだから、流石の支配者っぷりだ。


「ハァ……ハァ……兄さぁん……」


「うるさい馬鹿! いいから離しなさい! 毎夜毎夜、お前に絞られて堪るかっ! 精神体だって枯れるんだから……こら、ボディから手を離せ! 圧し掛かるな――――やめろ……やめてよぉっ!」


「いただきます――――兄さん」




――――


「んがっ……はぁ……はぁ……ああ……オエっ。ゲロ吐きそう……毎度毎度……不眠症にならないのだけが取り柄だな……」


 肉体の疲労と精神の疲弊が肩を並べず、脳が齟齬を起こす。行き場のないやるせなさと倦怠感が嗚咽となって自室にモーニングコールとして鳴り響く。


「こっちは絶賛世界を救うスーパーヒーロー……いいや、違うな。世界の悪党共をぶちのめしてるんだぞ。偶には何も考えずに眠らせて欲しいもんだ」


 心の奥底から拒否する旨の念が送られる。だったら仕方が無い。今の環境のまま諦めてしまおう。


 馴染み深いベッドから身を起こし、頭を数度振る。今日もこれから降り積もる課題を片付けなければならないのだ。まずはエネルギー問題から、次いで食糧の減少問題と思想齟齬による争いの介入方法。


「もう少し……白と黒で分かりやすく殴り合って欲しいな……」


「最近思うのですが……独り言が増えましたね、ザイン」


 ベッドに腰掛けた正面。俺の書斎机に腰掛ける愛しい人がこちらを見下ろしていた。窓から入る日の光に目を細めながら出来る限り陽気に立ち上がる。


「おはようレオナ。ええと、報告だ。また襲われました……抵抗はしたんだぞ?」


「何だか、最近は聞かなくても分かる様になった気がします。すっごくグッタリしてますから」


 そのままの勢いでレオナの体を抱き締める。俺の顎程に差し掛かる栗毛色の髪が心地良い。腕を背中に回せば彼女もそれに応えてくれる。


 眠気は即座に吹き飛び、胸の奥から滲む幸福感。愛情という人として当たり前の喜びをこれでもかと感じられる。


「最近は働き詰めだったじゃないですか。今日ぐらいは休んでいてもいいのでは?」


「別に働いてる訳じゃ無いよ。それに、世界全体の課題であるエネルギー問題を片付けとかないと。これで資源を奪い合うだので戦う必要も無くなる……筈だから」


「人が争うのはそれだけでは無いと思いますよ? 大きな一因ではあると思いますけど。大なり小なり、人と人が隣り合えば争い事は発生します」


 あれからというもの、レオナは事あるごとに小難しくなってしまっている。頭が凝ってしまっているというか、俺がそうさせてしまっているのだから否めない。


「争いは起こるさ。出来るだけ最小限にして、戦後の痛みを和らげたいだけだ」


「別に……ザインがやらなくても……」


 レオナの頭を指で揉み込む。心配をかけている身分ではあるが、今の俺はびっくりするぐらい正常なのだ。未だかつてないぐらいに、自分が思うままに進めている。


「レオナ、俺が戦うのはな……善い人に当たり前の日常を送って欲しいからなんだ」


 本当に、ただのそれだけ。別に人生を賭けて心血注いでいる訳じゃ無いんだ。


「俺が小指を動かす程度でも頑張れば、それだけ争い事が減る。善い人達は苦しまず、日々を豊かに過ごせる」


 背中に回した腕を離し、代わりに手を繋ぎ指を絡める。


「抑圧していた欲望を解放した結果だ。善い人達には、良い生活を」


「善悪のラインを決めるのに……疲弊をしてしまうかもと心配してしまうのは迷惑ですか……?」


「君の心配が嬉しいよ。それに、レオナが護ってくれるだろ? 本当に駄目になる前に、この家に帰って来るよ」


 思えば数奇な出会い方をしたなと、目の前で俺を見上げる少女を見下ろす。ただ魔法を教えていた生徒が、今はここまで大事な人になった。


 俺は前へ進めるだけの力を貰って、人としての感情すら取り戻せた。


「でも――――あんまりデートもしてないじゃないですか……」


「ぷっ――――くくっ、はははっ」


 急に潮らしくなったレオナがあまりにも可愛すぎて抱き抱えてしまう。そのまま膝に乗せ、今度は俺が書斎に腰掛ける。


 慌てた声を出しながらもおちょくられていると感じたレオナは手足を振り回して抵抗するが、俺にとっては全て回復魔法の様なものだ。


「せ、先生っ! アタシは本気で言ってるんですからね! 恋人っぽいことしないと倦怠期に突入しちゃうんですから! 激しく求め合うぐらいが健全です!」


「分かった分かった。暴れるんじゃない。それに、先生が出てるぞ。頑張って名前で呼ぶんじゃなかったのか?」


「うっ……」


「全世界の黒は潰したんだ。確かに、もう少しゆっくりと問題に向き合っても良いのかもな」


 後ろ手に見上げるレオナの瞳を見ながらこれからの事を夢想する。いち早く解決は当然する。けれど、誰かに頼れる部分は頼るとしよう。


「明日にでもデートに行こう。今日はアルに会って来るよ。あれから二年経った事だし、酒でも飲みながら相談してみる」


「……現地妻を作らないで下さいよ?」


「現地妻って……あのな、アルとは友達だぞ? 会うのは久し振りだけど、間違っても彼女と男女の関係になんてならないだろ」


「そう言って異世界で何億の人に好かれたんですか? 男女どころか異種族の方々も含めて、どれだけの人に愛を囁かれていたと思っているんです?」


 今までを振り返ってみても、あまり実感が湧かない。ストレートに愛を囁いてくれた人達には正面からお断りをした筈なのだが。レオナは未だに思う所があるのだろうか。


「兎に角、アルに限っては在り得ない。それに、手記に目を通したら分かるけど、俺は現地妻なんて作って無いからな」


 書斎机の上で開きっぱなしになっている小汚い手記を見せつける。最早何ページ書き連ねたのか分からない紙の束が文字の暴力となってしまった。


 二年分の活動記録。少しだけ抜け落ちている部分もあるだろうが、これが俺の全てだろう。


 これが善行の足跡だなんて言うつもりは無い。レオナには口で報告もしているから、ぶっちゃけてしまえば必要の無い長物なのだろう。


 けれど、こうして文字に起こしている。俺が今まで為した全てを記録として閲覧出来る様にすること。それが何よりも必要だと思ったからだ。


 間違えない様に。間違えたら振り返って、きちんと正せる様に。


「ええきちんと目を通して……【異世界スローライフ】? 手記にタイトル……ですか?」


 ボロボロの装丁にはデカデカとそれだけが記されていた。何とも分かりやすく、毅然としたネーミングだ。タイトルだけで内容がありありと連想されるよう……。


「『スローライフ』って…………してます?」


「まあ色々と――――皮肉を込めてな」

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異世界スローライフ~境界の魔法使い~ 本庄缶詰 @honjokan

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