第102話
世界が滅んでは時を跨ぐ。俺達の攻防戦は何時まで経っても終わらない。
こちらの陣営は俺が居る時点で死にはしない。挑んだ瞬間に何度も死滅してしまうが、滅ぶ世界と同様に巻き戻し続ける。
物理と精神に偏った攻撃ではレイベルに敵わない。
そもそも、通じていない。刃が届いてすらいないのだ。俺達がどれだけ足掻こうと、レイベルの防御力を貫通出来ていない。
「よお、新入り! 手前が気張ってくれよ……! 頼りはお前さんだけみてえだからな!」
だが、時間は稼げている。レイベルの行く手を遮り続け、戦闘開始から膨大な時間が流れた。
少しづつ。本当に少しずつの間だが足を止められる。真っ当な魔法使いなど遥か彼方に追い遣ってしまえる現象の連続で、ほんの僅かに足を止められる程度。
それでも、その間に『烈火』の特聖を獲得したザインがダメージを出し続けてくれている。
国から家が一つ。湖からバケツで一杯汲んだ程度。
程度、程度、その程度が数珠繋ぎに連続していく。未だに限界を見せないレイベルだが、着実に力を削ぎ落としている筈だ。
「凄いね兄さん。まだ心が折れないなんて」
「こんなもんじゃまだまだだ。あんまり舐めるなよ!」
余裕に飛び交うレイベルは未だ健在。時間の巻き返しという裏技を使わなければ、俺達などものの数秒で始末させられてしまう。
吹き飛ばされながら、幾度となる死を積み重ねながら再生し、攻撃を畳み掛ける。
その繰り返しが終わらない。辛うじて戦闘が続いているだけの危うい状況。
「別にオレは構わないよ。兄さんがどれだけ時間を使ったってね。いや、実際には一時間すら経っていないのかな?」
「俺達からしてみれば丁度一ヶ月だけどな」
「うん。概ね、その程度だね。久し振りの兄さんを独り占め出来て本当に幸福だよ」
「ご満足してくれたなら帰ってくれていいんだぞ?」
こちらも創意工夫で『烈火』の真似事をしてみるも、どうにも上手くいかない。
レイベルという巨大な存在に対し、ピンポイントでダメージを与える力というのは何とも想像し難い。
それに、奴のみを対象とするのにも一苦労だ。砂漠の中に埋もれたダイヤを掘り当てる様なもの。
精密な操作に加え、威力も備えてなくてはならない。
そんな事象を発生させるのが能力ならば問題無いのだろうが、別の分野から現象を引っ張って来なくてはならないのは骨が折れる。
「オレは兄さんと永遠に戦ったって構わない。こういう愛の伝え方も時には必要だろ?」
「後できちんと話そうか。色々と問題があるぞ……」
笑顔を浮かべながら俺達を惨殺し続けるレイベル。兄としては受け入れ難い一面である。
いずれ来る決着は見えない。どれだけの戦いを演じても決して届かない。相変わらず力の差を感じさせられるが、この程度で終わるなどと思っていなかったし、終わるつもりもない。
「さあ、まだだ。俺は何時までだって戦えるぞ」
「そうだろうね。オレだって変わらない。けれど……それ以外は?」
何度目かの蘇生を終え、ふと背後に視線を向ける。
「ハァ……ハァ……」
「何時まで……なあ、何時まで戦えばいい?」
「早く殺す手段を見つけた方がいい。オレ以外の者はこれ以上持ち堪えられん」
一番新しい『烈火』のザイン以外のほぼ全ては苦しみに喘ぎながら辛うじて立っている。流石に一ヵ月間もの体感時間で戦闘を続けるには無理があったらしい。
ただ殺され続け、出来る限りの魔法を放ち続ける。思い返せば確かに地獄だ。呼び出されて戦う身分にしてみれば、到底堪え切れるものでは無い。
「オレを攻略しようとしたって無駄だよ。兄さんが一番分かっている筈だろ? 自分自身だからと言っても、あまり無理させるものじゃ無いよ」
ここで時間切れなのか。俺がレイベルを倒し切れるだけの策を思い浮かべられなかったから。格の違う相手に対して、皆の力を借りても勝てはしなかった。
どうすれば勝てるのか。俺の格を引き上げようとした瞬間、レイベルは即座に止めに来るだろう。それを許せば流石の奴も負けてしまうと分かっているから。
戦いを楽しんでいる内に攻略法を見出したかったが……それもここまでの様だ。これ以上は、奴を倒す為の手段が思い浮かばない。
「悪いな……皆。戻ってくれ、本当にありがとう」
世界の境界線を開き、集ってれた全員を元の場所へと送り返す。
何人かは俺の身を案じて残ってくれようとしたが、流石に背を押し家に帰した。
『烈火』を持って生まれたザインだけが残り、激戦の空間は一時の静けさに包まれる。これから考えなければならないのは、レイベルの倒し方。
物理攻撃では通じない。精神攻撃や幻術すら通じない。通じるのはレイベルという存在そのものに対して効果を発揮させる能力のみ。それでさえ威力を抑えられて攻略されてしまう。
俺が何かを仕出かそうとすれば即座に潰されてしまうだろう。それだけの余裕が奴にはある。
倒す方法。この問題を解決し、世界を守る方法。
俺が家へと帰り、これまでの生活を続けられる方法。
「諦めるな、アンヘル。オレの闘志は燃え続けている。例え悠久の時を超えようと、必ず奴を殺してくれよう」
「ちっぽけな正義感がよくぞ咆えたな。兄さんの足元にすら届かないお前に何が出来ている? 効いていると……本気で思っているのか?」
言葉と同時にレイベルを包む銀色の光。今まで認識していた存在の傷跡が跡形も無く消え去り、万全の状態で腕を広げる。
「あれだけの時間を重ねて……必死に戦った所で、この程度だ」
「構うものか。言っただろう、お前を殺すと。他者を縛り付ける事を是とする存在を、許せる筈もが無い」
「許せないから殺す。力が備わっていないのに、正面から攻略するなど愚か者のする事だ。きちんと順序立て、牙城を突き崩す策を講じなければ」
レイベルの言う通り。このままでは倒し切れない。どうあったって敵わない。
レベルが違う。能力が噛み合っていない。そもそも空へは届かない。
――――俺が帰る家を求めているから。僅かに残った人間性に縋り付き、心の底から向き合おうとしないから。
舐めていたのだ、何とかなると思っていたから届かない。なりふり構わず全霊を尽くしていない。
こんな状況になっていたとしてもまだ、俺は
帰りたい。戦いとは無縁の場所で、限りのある生を謳歌したい。明日の予定や今日の夕食の献立に悩んでしまえる様な……当たり前が欲しいんだ。
「無理だよな……無理なんだな……やっぱり」
「……アンヘル?」
「漸く諦めたのかい? それじゃあ早速帰ろうか。オレ達の家に」
帰る家を求めているから、俺は奴に勝てないのだ。今までの全てを捨てずに、きちんと自分の身に収め、目の前の彼と向き合おう。
「結局、お前個人の名前を決められなくて悪かったな。ネーミングには拘っちゃう方だから、こんな緊急の場で決められない質なんだ」
「何を言って――――」
『烈火』を抱えたザインの肩を叩き、彼の背後に元居た世界の扉を開く。
「レオナにでも名前を付けて貰ってくれ。そして願わくば、彼女達を頼む」
「待て、オレはまだ戦える!」
分かってるよ。行き過ぎた正義感を持ったお前なら、本当に永遠の時を超えてレイベルに挑み続けるんだろうな。
けれど違うんだ。それでは奴を倒せない。無抵抗なまま、永遠の戦いに付き合ってくれる訳が無いんだ。
主人公みたいに心を燃やせるお前に、そんな苦行をこなして欲しくない。
「怒れる正義も程々にな」
門を超え、一条の光となって落ちていく。どうか彼の未来に平穏がありますように。
今まで散々俺の中で騒いでいた彼だが、今は少しだけ寂しくもある。頭の固い彼だから、上手くやっていけるか心配になってしまう。
これからは、そんな事に思考を割く暇なんて無くなるのだろうな。決着を付けた先に、俺という自我が残っているのかどうか……それは分からない。
「それで……どうする? まだ戦ってみるかい? 格を上げて戦ってもいいけど、本当に容赦しないからね」
「そもそも、レイベルの格に上がるまでに殺されるだろ?」
「殺しはしないさ。何たって兄さんだからね。少しだけ痛いかもしれないけれど……流石に許して欲しいな」
「許すさ。けど、戦いはここまでだ。幾ら続けたって終わらない。お前の言う通りだよ。まともに戦ったって駄目ならば、攻略法を考えないと……」
思い返したとしても、既に脳には何も残っていない。記憶は記録として昇華され、抜け殻の肉体に成り果ててしまった。
力そのもの、現象の化身。ただの『境界』となった俺に残された最後の課題を片付けなくては。
「これからは……ずっと一緒だ」
俺があの時、もう少しだけ勇気を持って向き合えれば。もう少し、彼等を理解しようと歩み寄れば、こんな事にはならなかった筈なのに。
思えば始まった時よりも傷付き、自分を見失ってしまっている。だけど、そんな日々もここまでだ。
「ザインと――――レイベルの――――境界線」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます