第100話

「支配する……ねぇ……」


 レイベルの性質なのか、それとも性格なのか。何でも支配したがるのは彼の悪い癖だ。


 血の運命と言われれば嘆かわしい事だが、その通りだと言わざるを得ない。


「やめてくれって言ったら……やめてくれるか?」


「絶対に無理だ。兄さんがこれから健やかに暮らせる様に、胸を張って家へ帰れる様に――――兄さんを揺るがす全てを許さない」


「お前が一番揺るがしているって言っても……聞いてくれないよな」


「帰ろう兄さん、オレ達の家へ」


 暴虐と支配の権化であるレイベルはもう一度抱擁をと腕を広げるが、次は拒む。


「断る、俺の家はここだ。考え直せレイベル。何もしなければ、俺達は家族としてやり直せるんだから」


「そうか――――また、拒むのか」


 何故、分かっている筈の事実を突きつけられて心の底からショックを受けるんだ。


 人間を超越した存在であるにも関わらず、拒絶された程度で心を揺らす。


 なんて曖昧で危なげなのだと、改めて認識させられる。


「だったら――――無理矢理にでも連れて帰る」


「ああ、こっちだって戦うつもりで来てるんだ。手加減なんてしないからな」


 元より、手加減をする余裕など持ち合わせていないが。


 不意に俺の体を襲う衝撃。原子が銀色の色と質量を持ち、ピアノ線の様に引き伸ばされて体を引き裂く。全身を細切れにされながら銀河の間を滑り続ける。


 三十回程銀河系を通り抜けた先で漸く態勢を立て直し、粉々になった肉体を繋ぎ直す。


「ハッ、何でもアリだな……支配者ってヤツは……!」


 『オーバーロード』に成り上がったレイベルの身には超越者足り得る力が備わっていた。


 特聖『支配』。魔法使いが辿り着くゴールへと一歩踏み出すだけで至ってみせた。確立すれば確定してしまう特聖を、その場で取得したのだ。俺とこうして相対するまでチケットを取ったまま、力として持たないまま。


 レイベルとは根本的に全知全能なのだ。何でも出来る。そんな程度は特殊な能力では無いと言わんばかりに、奴は奴だけの特聖を獲得した。


 言うなれば――――アンチ能力。


 現象の否定という単純な物では無く、真っ向からの攻略。


 どんな力にも弱点はあるのだと決め付けられ、それを攻略出来る能力を獲得する。


 馬鹿げている。魔法使いにとっての答えの筈が、奴にとっては無限の選択肢程度のものなのだから。


「兄さんの『境界』は――――脆いよね」


 今この瞬間、俺の境界は脆いという事にされた。本来ならば認識すら出来ない筈の境界に強度を持たせ、真っ向から砕き割る力を獲得した様だ。


「そんな事無え……よッ!」


 空間を流れる境界線を束ね、無限の質量となったソレを撃ち放つ。


 内包するエネルギーはビッグバンの数億倍。


 いくつもの宇宙が崩壊しない様に保護しながら突き進む嵐。普段は絶対に使わない俺の全力が次元を共振させながら突き進む。


「兄さんは弱いんだから、オレに守られなくちゃならないんだよ?」


 生き物としての、存在としての格が違う。


 たった一度手を払う。それだけで俺の放った攻撃は簡単に砕け散る。


 もう一度突き飛ばされる。


 今度は次元の壁を幾度も破りながら飛んで行く。


 俺という無限の質量に次元が耐え切れず、何十もの世界が崩壊してしまう。


 次元の壁を突き抜けた先で時間を超え、崩れてしまった世界を修復する。五十繰り返した地点で反転しレイベルの存在を境界で引き裂く。


 バリバリと紙を引き裂く様な、それに類似した音が空間を割る。極彩色に彩られた宇宙は悲鳴を上げ続け、臨界に達しようとしていた。


 だとしても、レイベルは決して怯まない。そもそものスペックが違うのだ。


 俺が星そのものだとすれば、レイベルの格は宇宙全体に匹敵するだろう。


 どれだけ巧みに策を講じようと、剣で空は切り裂けない。そもそも届いていないのだから、挑戦するだけ無駄な事。


 レイベルと勝負をするにはまず、同じ土台に立つ事から始めなくては。それが駄目なら多方面から力を加え、攻略する為の選択肢を増やさなければならない。


 後者は難易度が高く、不確定過ぎる。


 まずは俺でも手軽に行える、存在としての格を底上げする。


「『第二――――』」


「――――駄目だよ兄さん」


 距離にして数億光年は離れている筈なのに、レイベルは俺の背後から現れた。


 被さる様に背中へ抱き付き、熱い吐息を首筋に吹きかけられる。


「それ以上したら本当に消えてしまう。兄さんは弱いんだから……無理をしては駄目だよ」


「流石のお前も……コレは警戒するのか?」


「ううん、違うさ。究極の一になる事が兄さんの本質じゃ無い。弱くて脆いくせに一人で頑張ろうとするから、どこかで無理が必要になるんだ」


「戦ってる最中に説教かよ……」


「戦いじゃ無い――――支配だ」


 境界で別の次元は飛ばそうとするも、呆気なく砕かれる。


 そもそも科学力で境界に触れている様な連中に、どうやったって勝てはしない。


「自分を失くす前に、兄さんを見つけられて良かった」


 ――――手を取れ。オレを頼るのだ。眼前の支配者も、そうする事が貴様の力だと知っている。知った筈だ、誰かに寄り添う事が出来ると。


 頭の中で鳴り響くのは未成熟な俺の人格。


 幼い頃から、境界をきちんと獲得する前から、俺の中で生み出され続けた名残。


 無尽蔵に分別され、最早コイツで何人目かも分からない。


 自分の持つ考え方や視点についてすら疑問を抱き、きっと誰か別の人間が考えているのだろうと分別していた。


 ずっと五月蝿い声だと思っていたけれど、どこかで共感もしていたのだから。


 今まで逃げ続け、目を背けていた弊害。作業の様に処理し続けたエラーの数々。


 俺の事が嫌いじゃ無かったのかよ。


 ――――本質的には嫌いなのだろう。だとしても、貴様は動く事を選んだ。次元の支配者へと、己自身のトラウマへと。貴様はもう、腑抜けではない。


「ハッ――――そりゃ、どうも」


「……兄さん?」


 何度も何度も、嫌になるぐらい付き合ってきた。自分にとって一貫性の無い思想や主義は全て他人の考えなのだと目を背けて。


 違うのだ。人は一貫性など無くとも個人なのだから。


 それを知らず、知ろうともせず、俺らしく無いからと他人を生み出し続けて来た。正真正銘、ザインのバグだ。


「レイベル、見せてやるよ。お前ですら初見な魔法――――一人上手も甚だしい、情けない男の号令を」


 一人じゃ出来ない事ならば、誰かに助けを求めればいい。


 簡単な話だ。分け隔てられているとしても、誰かと寄り添えるのだから。格好良くは無いけれど、今こそ聴いてくれ。


 ――――行くぞ。共に支配の鎖を打ち破るのだ。


「『第三境界・奏天写本サードホライゾン』」


 昔から分裂した人格を一つの生命として生み落とし、自分自身の人生を与えた。ある程度の束縛をし、他の異世界へと送り出す。


 その時の契約の一環として、俺の招集に応じる事を取り付けて。


 数多の次元から呼び寄せた男女交じりの八百万。俺という個体を元祖にし、様々な彩を放つそれぞれの魔法使い。


「さあみんな――――助けてくれ」


「――――共に肩を並べ、悪を滅ぼそう」


 暫く俺の中に居た一番若い人格が俺と肩を並べ、同じ場所に視線を投げる。外界に現れた所以により自身の姿を獲得し、金髪に金の外套を纏ったザインが生まれ出でる。

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