第99話

 燃える炎の中を走る。俺が住む城は燃え盛り、蔵まで飲み込んだ。


 敵襲ならば支配者共が気付かない筈が無い。内部の者の犯行と見てまず間違いは無いだろう。他者が脅威で無いからこその支配者なのだ。


 誰にも傷付けられない支配者を唯一喰い破るのは己が内に宿っている。絶対を揺るがす何者かが謀反を起こしたのだと確信していた。


「レイベル……シモーヌ……!」


 俺にとって世界の支配者である両親に大した関心は抱いていない。驚異的な存在であり、俺にとっては雲を相手にする様な物なのだから。向こうが避けると言うならば、こちらもソレに倣うだけだ。


 それでも、二人は違う。


 確かに二人は俺よりも強い。それでも俺は兄なのだ。守りたいと思うし、護る義務がある。


 このクーデターに乗り、二人を連れて何処か別の世界に渡ってしまおう。後継者を失った両親が探しに来るだろうが、俺が守ってみせる。


 だから――――。


「オマエが……オマエが……兄さんを傷付けた。あんなに素晴らしい人を……オマエ如きが……!」


 ――――そんな怖い顔で、支配者ちちおやを踏み付けにしないでくれよ。


「レイ……ベル……?」


 絶対的な支配者である筈の父を虫の様に踏み付けていたのは紛れも無くレイベル本人だった。


 建物は戦闘の余韻など何も感じさせず、壊れているのは父一人だけ。服装すら乱さずに、息一つ乱さずに。


 つまりレイベルは手も足も出させず父を圧倒したということ。


「あっ、兄さん! お騒がせしてすみません……すぐに片付けますから」


 赤らめた頬に返り血が混ざったレイベルは恥ずかしそうに笑ってみせた。親を踏み潰しながら、何て事の無い日常で見せた筈の笑顔を浮かべる。


 パキリ、俺の中で何かが壊れる音がした。


 もう絶対に戻れないのだと、この時何かを察したのだ。


「総督、残存兵力の全てを制圧致しました」


 外とは一線を引く静寂さが包む王室に響くシモーヌの声。まだ何とか巻き返せる、そんな安心感を抱いたのも束の間。


「城を修復しろ。全て元通りにな」


「はっ」


 集ったシモーヌ達は声色を変えず、己が主の命に従う。


 ずらりと並ぶ妹の顔をした何かは支配者に従い、己が役割へ赴く。人間としての機能など忘れてしまった風な風貌が薄ら寒さを感じさせた。


 彼女等の出生は知っている。最初に生まれた支配者を補佐する為に生まれた二番目。


 高性能を生み出せば低性能で量産がきく個体を製造するのは当然の摂理。


 支配者達の事情に深く突っ込んでいなかった俺は、それでも願いたかったのだ。我が子としている者を兵器の様に量産しないだろうと。


 どうして、何故、俺と彼等とではここまで違うのか。俺の思い描いた筈の幸せと、家族が思う幸せは、こんなにも分け隔てられていたのか。


 人並みの幸せを、誰にも揺るがされない幸せを。


 違う、これが彼等の日常なのだ。俺が知っていたのはほんの一側面に過ぎない。俺の知らない間に他の世界を侵略し、支配してきた。


 馬鹿みたいじゃないか。二人には危険な事はして欲しくないと願っていたというのに、無知のまま関わり続けて来たというのだから。


 生き物としてのレベルが違う。そんな事は分かっていると納得したフリをしながら、彼等の本質から目を背けていた。


 全くの、違う生き物なのだという事から、俺は逃げ続けていた。


 世界は――――人は――――俺達は――――境界線の向こう側を歩いていたんだ。


 それに気付かないまま……俺は……。


「兄さん、さあ――――」


 強烈な齟齬に脳を焼かれ、願った幸せを描き切れず、求められた手を跳ね除けた。怖い、怖かったのだ、最初から。


 人間的な温かさを持っていながら、支配の権化であるこいつ等が。ただの支配という力が。


「来るな――――」


 俺の中で不定形だった筈の特聖が確立する。今まで感じていた不鮮明な境界が姿を現し、俺とレイベルの間に線を敷いた。


 逃げたんだ、怖かった。レイベルに見上げられ、普通の人の様に尊敬されるのが。愛の対象として捉えられるのが。


 誰かを支配する事でしか生きられない彼等の存在が、怖くて憎くて哀しくて愛おしい。


 あらゆる感情に線を敷き、俺は今まで逃げて来た。


 なまじ向き合う事に不慣れな男であるが、最早逃げないと決めたのだ。レイベルが抱いた喪失からも、愛情からも目を背けない。


 追われ、逃げた関係性はここで終わりだ。


 俺はレイベルを愛している。変わるモノか、あの日々が嘘だった訳では無い。逃げた先で見つけた答えを分かち合う為に――――絶対的な支配者と相対する。

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